脇園 彩(メゾソプラノ)

“世界のワキゾノ”が、さらなる高みに達する《チェネレントラ》

C)井村重人
 今年は没後150年にあたるロッシーニ・イヤー。例年以上に注目を浴びる生地ペーザロのロッシーニ音楽祭で、脇園彩は目玉演目《セヴィリアの理髪師》のヒロインを歌う。欧米で主役を張れる日本人歌手が極めて少ないなか、“世界のワキゾノ”として着実に地歩を固めている彼女。実は、キャリアのうえで《セヴィリアの理髪師》以上に縁が深かった作品が《チェネレントラ》だという。
 都内有数の進学校を卒業し、一浪して東京藝大に入学した。
「現役のとき、入試で《チェネレントラ》の最後のアリアを歌ったんです。細かい音符を歌うのが得意だという私の声の特質を当時の先生が見抜いてくれて、以来、ロッシーニを歌うと楽しいという感覚はずっとありました」

《チェネレントラ》のためにスカラ座へ

 大学院在学中にソプラノのマリエッラ・デヴィーアのマスタークラスを受講し、イタリアに行く決意を固めたという。
「デヴィーア先生の声の力に圧倒され、私にショックを与えたその声が何であるかを知るために、イタリアに行かなければいけないと思ったんです」
 2013年秋にパルマに留学し、翌年3月、「憧れだった」というペーザロのロッシーニ・アカデミーに合格。故アルベルト・ゼッダ校長に高く評価され、8月の発表公演《ランスへの旅》で主役の一人、メリベーア侯爵夫人役を歌った。
「7月にスカラ座研修所でオーディションがあって、ペーザロから電車でミラノに受けに行ったのです。研修生を起用して子どものためのオペラを上演する新企画の追加オーディションで、スカラ座がやりたかった演目が《チェネレントラ》でした。うまく事が運んで14年11月、“子供のための《チェネレントラ》”でスカラ座にデビューしました」
 その後、彼女は16年春と12月にもスカラ座でこのオペラを歌い、16年2月にはヴェローナのフィラルモニコ劇場でも歌った。ペーザロとスカラ座で学んだ経験はかけがえのないものだったという。
「どちらの団体も、私が日本人だということとは関係なく仲間として受け入れてくれました。私もイタリア語で意思疎通を図る必要があり、イタリア語が身近なツールになった。それがアドバンテージになったと思います。言葉への感性がなければ歌は表現になりませんから」

人間的にも学んだ役

 東洋人が負うハンデにくじけそうになったときも、《チェネレントラ》に助けられた。
「ロッシーニが描いたチェネレントラはおとぎ話のヒロインではなく、自分の力で幸せをつかみとる芯の強い女性です。1810年代に女性をそう描いたロッシーニは進んだ感性の持ち主だったと思う。最後のアリアを歌う前に、彼女は『私の復讐は彼らを許すことだ』と言います。激しい音型のあとで自分を苦しめた継父たちに『許します』と言い、ロッシーニもすべてを包みこむようなメロディを書いています。私は、本当に強い人だな、私もそうなりたいな、と思って歌っていましたね。人間的にも学ばせていただいた人物です」
 大阪での5月の公演は、過去の《チェネレントラ》とくらべても格別だという。
「指揮の園田隆一郎さんもゼッダ先生の愛弟子で、私と同じ理想を共有していますし、テノールの小堀勇介さんも同様です。ゼッダ先生に教えていただいた共有できる礎があるから、その先を作っていけるし、思わぬ化学反応も期待できますよね。私自身も、このオペラは何回か歌って音が自分のなかに染み込んでいるから、さらに上を目指せる。そこがいままでと全然違います」
 自然な響きのなかで卓越した技巧が冴えわたる脇園の歌。来シーズンは《ドン・ジョヴァンニ》のドンナ・エルヴィーラで新国立劇場にもデビューするが、その前にこの《チェネレントラ》が、脇園の“世界のワキゾノ”たるゆえんを日本の聴き手に強く印象づけるはずである。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2018年3月号より)

第56回大阪国際フェスティバル2018
大阪国際フェスティバル × 藤原歌劇団 × 日本センチュリー交響楽団
ロッシーニ:《チェネレントラ》
2018.5/12(土)14:00 フェスティバルホール
問:フェスティバルホール チケットセンター06-6231-2221 
http://osakafes.jp/