作曲家と同時代の楽器でビゼーのピアノ作品集を録音
フォルテピアノ奏者の小倉貴久子がジョルジュ・ビゼーのピアノ作品集『アルルの女』をリリースする。ピアノのレパートリーとしては、ややレアな作曲家。なぜビゼーを?
「実は私も、FM番組のテーマ曲で流れていた『ラインの歌』の一部を知っていたぐらい。でもその『ラインの歌』を全曲弾いてみたら、とても素敵なんです。メロディの美しさ、親しみやすさ。他の曲も調べてみたらなかなか魅力的で、しかも『アルルの女』の作曲家自身によるピアノ編曲版がある。これはもっと知られるべきだと。ビゼーはピアノの名手だったので、やさしい書法でも非常に効果的に書かれている一方で、何気ない、簡単そうに聴こえる部分が意外に難しかったりして、彼の高度な演奏技術を感じさせます」
おりしも、自身の所有する1848年製のプレイエル・ピアノの魅力を引き出せるようなCDを作りたいと考えていたところにもはまった。ビゼーのピアノ曲がこれまで注目されてこなかったのは、楽器の問題でもあるようだ。
「ビゼーが聴いていた、当時のピアノの響きで弾いてこそ魅力が出ると思います。19世紀半ばは、エラールがダブル・エスケープメントを発明して、楽器が現代のピアノに近づいてくる時代ですけれども、一方でこのプレイエルはシングル・アクション。構造がシンプルなので、繊細な細かい指のニュアンスがハンマーに伝わりやすいという長所があります。こまやかな心のひだを描くような表現に向いているんですね。また、音域の違いによる音色の個性が豊かで、ある意味オーケストラ的。『アルルの女』などまさに、音量でなく、音色の多彩さが管弦楽的に響きます」
たしかに、モダン楽器の演奏と比べてみると、表現の、そして音量のダイナミズムの違いが明らかで、まったく別の曲のようにさえ聴こえてくる。注目の一枚だ。
11月には、彼女が2012年からほぼ2ヵ月おきに定期的に続けているシリーズ・コンサート『モーツァルトのクラヴィーアのある部屋』が30回の節目を迎える。モーツァルトと、モーツァルトに関わりのあるゲスト作曲家の作品を並べて弾く企画。今回のゲストはヨハン・クリスティアン・バッハ。
「モーツァルトが最も敬愛していた作曲家。彼らの作品にはキャラクター的にたいへん近いものを感じます」
モーツァルト愛用のA.ヴァルターの楽器(レプリカ)で弾く最晩年の協奏曲第27番など、コンサートマスター桐山建志ら、そうそうたる古楽のスペシャリストたちが顔を揃えた特別編成のオーケストラとの共演は珠玉。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2017年11月号より)
小倉貴久子のモーツァルトのクラヴィーアのある部屋 第30回記念公演〜クラヴィーアコンチェルト〜
2017.11/3(金・祝)13:30 第一生命ホール
問:メヌエット・デア・フリューゲル048-688-4921
http://kikuko-mdf.com/
CD
『アルルの女〜プレイエル・ピアノによるビゼー ピアノ作品集〜/小倉貴久子』
コジマ録音 ALCD-1169
¥2800+税
2017.12/7(木)発売