ジャズ作曲家・挾間美帆 ロングインタビュー Part2

interview & text:小室敬幸
photos:吉田タカユキ

新しくシンフォニックジャズを作曲するということ

国立音楽大学を卒業したあと、マンハッタン音楽院への留学を経て、2013年1月に山下洋輔プロデュースで「ジャズ作曲家」として改めてデビューしたというのは、これまで色んなところで何度となく語られてきた通り。ロングインタビュー後編では、そんな「ジャズ作曲家」挾間美帆が手がける「クラシック音楽寄りの作品」と、今夏に新しく立ち上がる「ネオ・シンフォニック・ジャズ at 芸劇」(構成・プロデュース:挾間美帆)の企画について話をうかがった。

——挾間さんはジャズだけではなく、クラシックや邦楽の演奏家からも委嘱を受けて、アドリブ要素のない作品もたびたび書き下ろされていますよね。ジャズ・ミュージシャンを想定した楽曲と比べると、作風にもっと幅があるような印象を受けます。意識的に変えていたりするのでしょうか?

作曲について、自分自身としてはあんまり意識したことはないですね。演奏者とかクライアントがインスピレーションの源になるのは事実なので、それによって変わるとは思うのですが。

——想定する演奏者次第で自然と変わっていくと。特に吹奏楽曲で作品ごとの違いを顕著に感じるのですが、どうでしょう?

例えば吹奏楽版とビッグバンド版がある《The Dance》は、両方を行き来することを意識しながら作曲しました。ビッグバンドのために書き始めた時点でシエナ・ウインド・オーケストラでもやる可能性があったのですが、吹奏楽ではどうしてもリズム隊、特にドラムセットを使いたくなかった。じゃあ、両方に上手くはめられるリズムとか、曲調ってなんだろう……と考えながら作ったのがあの曲だったんですね。リズムセクション〔※即興の出来るピアノ、ベース、ドラムなど〕がいるか、いないかは自分にとってかなり大きな要素になっていて、それですっかり曲想が変わってしまうのかなと。

——編曲ものではありますけど、ハービー・ハンコックの名作アルバム『Maiden Voyage』を大胆に編み直した《処女航海組曲》の吹奏楽版では、リズムセクションが例外的に導入されていましたよね。

あれはラ・フォル・ジュルネで初演した吹奏楽版よりも前に、まずアメリカでビッグバンドのために書いて、次に「plus 十(プラステン)」という10人編成のバンドのためのバージョンも作っているんです。さすがにあれをちゃんとしたリズム隊なしでやるのは原曲を壊してしまうことになるので、無理だと判断しました。

そして今だから言える話なんですが、もともと《処女航海組曲》はメトロポール・オーケストラ〔※ジャズとポップスの演奏に特化したオランダの管弦楽団〕のために書こうとしていたんですよ。2曲目の〈The Eye of the Hurricane〉に至ってはプロジェクトを売り込むために、メトロポールのためにデモを実際に書いているんです。ところが2013年に彼らは所属していたラジオ局から解雇されて予算がなくなり、決まっていた企画がキャンセルになってしまって……。

そういう事情があったので、頭のなかにメトロポール・オーケストラのシンフォニックな音が鳴っていた状態で書き始めていたんですね。それが吹奏楽に編曲するのに役立ったかもしれない。もともとがビッグバンド的ではなく、ちょっとシンフォニックな書き方に寄せていたわけです。

——それだけ、誰が演奏するかに大きく左右されているということですよね。でも、2018年2月に初演された管弦楽曲《Limonium(リモニウム)》では少し様子が違っていたように思います。演奏者の特性や意向ではなく、挾間さんが自身の手癖から離れるのを目的とした作品だとお聞きしました。そのために、マーラーとか、ストラヴィンスキー《春の祭典》、バーンスタイン《ミサ》などを参照したと。

あれは自分の殻を破るために喧嘩を売っているような曲だったので、オーディエンスを置いていってしまったなと自分でも思うんですけれど、あれがなかったら先に進めなかったので後悔はしていないです。

——指揮者の佐渡裕さんがスコアの表紙に大きく「変な曲」と書いていたとか……(笑)。

そうなんです(笑)。親しまれるような音楽になるとは全然思っていないんですけれど、自分が書いたオーケストラのための音楽としては一番、将来的な展望を感じる作品ですね。曲のなかにひとつだけキャッチーな要素があるので、そこをもうちょっと増幅すると他のアブストラクト(抽象的)なところが映える作品に出来るんじゃないかなあ。序曲のポジションにしては長すぎるんですけれど、シンフォニー(交響曲)の前に演奏するシンフォニエッタ(小交響曲)のような立ち位置のレパートリーになるんじゃないかなと。

——ジャズの場合、自分が書いた楽譜は自身のグループだけが演奏すればとりあえず充分なわけですけれど、クラシックの場合は様々な人たちが再演するようにならないとレパートリーとして定着していきませんよね。再演のしやすさは意識されていますか?

再演されるということは、もちろん作家としては嬉しいことなのですが、今まではそれを意識して書いたことはなかったですね。でも6月15日に原田慶太楼さん指揮のシエナ・ウインド・オーケストラによって初演されたばかりの《The Tigress》は、シエナからの「吹奏楽コンクールで演奏されるような曲を」という要望を意識しながら書きました。

——あの《The Tigress》は本当に素晴らしかったです。明らかにレスピーギ《ローマの祭》の〈チルチェンセス〉を強く意識した楽曲でしたね(笑)。

それ、言われると思いました(笑)。

——コンクールの勝負曲に求められる要素を兼ね備えつつ、挾間さんにしか絶対に書けない音楽になっており、感服しました。例えば2014年に書かれた吹奏楽曲《大航海時代》や《堕天使たちの踊り》も素敵な作品ではあるのですが、頻繁に再演されていくかというと難しいんじゃないかと思っていたんですね。だから《The Tigress》を聴いて、いよいよ大本命となる作品が登場したな、という印象を受けたんですよ。

2017年からシエナのコンポーザー・イン・レジデンスになったのが大きかったと思います。それまではエレクトーンで吹奏楽曲を弾いたり、中学校の2〜3年のときにクラリネットを吹いていたぐらいで、あまり吹奏楽を聞いてきていなかったですから。吹奏楽って日本では大きなマーケットになっていますし、作品が再演される可能性の一番高い楽器編成じゃないですか。今回、そういうことを意識して書くということが、自分のなかでも大きな要素になりました。

——再演という観点でもうひとつお伺いしたいことがあります。今年の8月から挾間さん念願のシンフォニック・ジャズ企画「ネオ・シンフォニック・ジャズ at 芸劇」が、東京芸術劇場ではじまりますよね。その最大の目玉となる挾間さん書き下ろしの《ピアノ協奏曲第1番》について、《ラプソディー・イン・ブルー》の後に続くような作品を目指されているとおっしゃっていました。ということは当然、再演についても意識しながら作曲されるのでしょうか?

今回の初演では素晴らしいジャズピアニストのシャイ・マエストロが出てくれるので、カデンツァは書き譜にせず、シャイに委ねる部分を多くするつもりでいます。でも夢は大きく、“次世代のラプソディー・イン・ブルー”になったらいいなとは思っているので、将来的にはカデンツァも書き譜のバージョンも作ろうと思っています。クラシックのピアニストにも弾いてもらいたいですから。いつもなら誰が弾くかがインスピレーションの源になっているわけですけど、今回は色んな人に弾いてもらいたいのでシャイの音楽に寄りすぎてもいけない。その難しいバランスについて考えながら構想を練っています。

——またこのコンサートの前半には、これまでのシンフォニック・ジャズの歴史を振り返るような曲が並んでいるのが興味深いです。ガーシュウィンやバーンスタインといったこれまでもお馴染みの作曲家だけでなく、ボサノヴァの神様アントニオ・カルロス・ジョビンのアレンジャーを務めたことで知られるクラウス・オガーマンの管弦楽曲が取り上げられるのが非常に珍しい。そもそも、挾間さんはどのようにオガーマンの音楽と出会ったのですか?

ジョビンやスタン・ゲッツのアルバムで、もちろんオガーマンのことは知っていましたが、もともとは「神だ!天才だ!」みたいに思っていたわけではなくて、執着があったわけではないんですよ。「こりゃ凄いぞ!」って初めて思ったのは、山下洋輔さんがプロデュースされた「東京オペラシティ ニューイヤー・ジャズ・コンサート2012」で、ヴァイオリニストのアン・アキコ・マイヤースさんがアンコールで弾くためにオガーマン編曲の〈スマイル〉をオーケストレーションしたときですね。

——もともとはギドン・クレーメルのために編曲されたものでしたよね。

いや〜……衝撃的だった……凄く衝撃的でしたし、完全に原曲を壊してしまっているんですけれど、原曲に勝っているかもしれないアレンジなんですよ(笑)。それにとても感動して。このオーケストレーションは、今までに書いてきたもののなかでも最も気に入っています。

アレンジャーとしては「原曲を壊してはいけない」という怖さがどこかにあって、あそこまで壊せないんですよ、普通。壊してしまうと、やっぱり「原曲と全然違う」とか「もともとの曲想を無視している」とか言われるし、自分でもそう思うわけです。でも、このオガーマン編曲の〈スマイル〉は、そういうことが一切なかったですし、ちゃんと悲しくて美しくて切ない……。いや〜……完璧だなぁ!と思って、そこから『ビル・エヴァンス・トリオ・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』(1965)を聴くようになったんです。

一般的に有名なストリングス・アレンジャーとしてのオガーマンは、耳には入っていたんですけれど「有名だなあ、ふんふん」と思う程度だったんです。管弦楽によるシンフォニックな要素と、まさかのピアノアレンジ(笑)でオガーマンが好きになりました。

——オガーマンのオリジナル作品には、どのように出会ったんですか?

(『ヱヴァンゲリヲン』や『シン・ゴジラ』などで有名な作曲家の)鷺巣詩郎さんのオーケストレーターのお仕事をさせていただくようになったときに、オーケストラとか、ソリストとオーケストラという組み合わせを書くにあたり「僕が好きだった音楽を少しシェアしますから、それを聴いておいてください」って言われたんです。そこで紹介されたもののひとつが、オガーマンとマイケル・ブレッカーのアルバム『シティスケープ』(1982)でした。

その後、オガーマンのベスト盤(『Man Behind The Music』)を聴いたりするなかで好きになったのが今回取り上げる《シンフォニック・ダンス》ですね。この曲は第3楽章が非常に好きなんですけれど、トランペットの音域をホルンが超えて演奏している箇所があるはずなんです。それが天才的に素晴らしいと思っていて、マニアックなんですがスコアを見るのが楽しみなんです(笑)。

——そして、もうひとり注目したいのが、現役で活躍されているヴィンス・メンドーサの作品。彼はサイモン・ラトルからの依頼でベルリン・フィルのためのアレンジもしていたりする、現代最高のジャズ系アレンジャー兼作曲家ですよね。

そもそもガーシュウィンやバーンスタイン以外に、ドラムなどを加えない普通のオーケストラでこんなに素晴らしい作品があるんだよ、演奏出来るんだよ……ということを知って欲しかった。だからオールスター紹介みたいな感じで、ジャズ・ミュージシャンからすると象徴的な書き手であるオガーマン、現在活躍中の作曲家でアイコニックな存在としてヴィンスを取り上げることにしたんです。

——挾間さんの核にある「オーケストラ」と「ジャズ」を掛け合わせた企画ですから、まずは初回である今年8月のコンサートに多くの人が集まり、末永く続いていく企画となると良いですよね。シンフォニックジャズの歴史が変わり始める一夜になることを期待しております。

Part1はこちら

Profile
挾間美帆(Miho Hazama)

国立音楽大学およびマンハッタン音楽院大学院卒業。これまでに山下洋輔、坂本龍一、 鷺巣詩郎、テレビ朝日「題名のない音楽会」、NHK交響楽団、ヤマハ吹奏楽団など多岐にわたり作編曲作品を提供する。
2012年『ジャーニー・トゥ・ジャーニー』をリリースし、ジャズ作曲家としてメジャーデビュー。16年には米ダウンビート誌“未来を担う25人のジャズアーティスト”に選出されるなど、高い評価を得る。18年、最新作『ダンサー・イン・ノーホエア』を発表。19年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる。
14年、第24回出光音楽賞受賞。17年シエナ・ウインド・オーケストラのコンポーザー・イン・レジデンスに、18年にはオーケストラ・アンサンブル金沢のコンポーザー・オブ・ザ・イヤーに、さらに19年シーズンからデンマークラジオ・ビッグバンドの首席指揮者に就任。


Information
NEO SYMPHONIC JAZZ at 芸劇

2019.8/30(金)19:00
東京芸術劇場 コンサートホール

構成・作編曲:挾間美帆

出演
 指揮:原田慶太楼
 ピアノ:シャイ・マエストロ*
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

曲目
 ジョージ・ガーシュウィン/『ガール・クレージー』序曲
 クラウス・オガーマン/『シンフォニック・ダンス』から第1楽章、第3楽章
 ヴィンス・メンドーサ/インプロンプチュ
 レナード・バーンスタイン/『オン・ザ・タウン』から「3つのダンス・エピソード」
 シャイ・マエストロ(挾間美帆編曲)/ザ・フォーガットン・ヴィレッジ* ほか
 挾間美帆/ピアノ協奏曲第1番*(東京芸術劇場委嘱作品・世界初演)

問:東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296
http://www.geigeki.jp/
http://www.geigeki.jp/performance/concert183/