佐藤美枝子(ソプラノ)

日本女性の芯の強さを表現したいと思います

 日本オペラ界に大きな足跡を残し、2014年逝去した作曲家原嘉壽子。彼女の6作目のオペラである《よさこい節》が、日本オペラ協会によって25年ぶりに上演される。これは、有名な「土佐の高知のはりまや橋で…」という民謡の元になった実話をもとにした作品。妻帯を許されていなかった真言宗の僧侶純信と村娘お馬の禁断の恋が、幕末の土佐を舞台に描かれていく。
 「今、必死で音楽稽古をしている最中ですが、今までにない難しい曲で苦心しています」と語る佐藤美枝子は、チャイコフスキー・コンクールで日本人初の1位を獲得した経歴を持つ、日本を代表するプリマ・ドンナのひとり。まずは、今回歌うヒロインお馬とはどんな女性なのかを聞いてみた。
「お馬は15歳の時に奉公に出され、2年間いろいろな苦労をしてやっと家に帰ってきたところです。そんな苦労が育てた精神的な強さが、彼女のいちばんの個性。当時の日本女性はみんなそうですが、男性を立て自分は控えていながら、実は芯がとても強い。お馬はその芯の強さから、強い意志を持ってお坊さんとの恋に突き進んでいくのです」
 これまで数多くの名作オペラでヒロインを演じてきた佐藤に表現の違いがあるかたずねると、「芯の強さは変わらないが、その強さをどう表現するのかが違う」という。「欧米のオペラのヒロインは“私はこうなの!”と大きな声で主張する。一方、日本女性はグッとこらえて強さを見せない。《よさこい節》のお馬もずっと喋るように歌わなければなりませんが、最後にさらし刑になり自分の意志を大きく主張するシーンでは、西洋の歌唱法であるベルカントが最大限に活かされた音楽になっているのです。ここが歌い手の聴かせどころですね」
 日本人にとって“日本のオペラ”は馴染みやすいはずだが、時に「言葉が聞き取りにくい」という不満が聞かれることがある。しかし佐藤は「それは日本語の発声と歌唱表現とのマッチングの問題」だと語る。
「ベルカント唱法を守りながら、浅くならない響きで日本語の歌詞を歌う。これがとても難しいのです。日本オペラには、日本歌曲などを歌い込み、かつヨーロッパのオペラをしっかりと勉強した上で取り組むべきだとは思います」
 演出は日本オペラでは屈指の演出家岩田達宗。佐藤とはデビュー以来の付き合いで、「オペラ歌手としての基盤を作ってくれた方」だという。佐藤いわく「ドラマに自然に引き込まれていくのが魅力」という岩田の舞台と、そして新時代のマエストラ田中祐子の指揮もたいへん楽しみな《よさこい節》は、いよいよ3月4日に幕を開ける。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ 2017年3月号から)

日本オペラ協会公演 原 嘉壽子《よさこい節》(ニュープロダクション)
3/4(土)、3/5(日)各日14:00 新国立劇場(中)
問:日本オペラ振興会チケットセンター044-959-5067
http://www.jof.or.jp/
3/11(土)18:30 高知県立県民文化ホール オレンジホール
問:高知県立県民文化ホール088-824-5321
http://kkb-hall.jp/
※佐藤美枝子の出演は3/4、3/11