伊藤弘之は微分音やフラジオレットなど弦楽器の精緻な書法を通して、揺らぎやずれを作り出す。それは歪んだ鏡を覗き込んでいるような、現実感を伴わないどこか虚ろなイメージとなって流れていく。この特徴は二つの弦楽四重奏曲(2002、2013)や「デュオ」(2006)に共通し、ディオティマ弦楽四重奏団の手練れたちがその微妙な移ろいを丁寧に描き出している。収録作で最も古い「ジェミナイ」(1989)では、二つのヴァイオリンが激しくぶつかり鋭いきしみを生むが、この強烈なエネルギーを脱力していった先であの揺らぎやずれにたどり着いたと解釈すれば、伊藤の美意識のありかがみえてくるだろう。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2026年6月号より)
【information】
CD『伊藤弘之作品集/ディオティマ弦楽四重奏団』
伊藤弘之:弦楽四重奏曲第1番、同第2番、2人のヴァイオリン奏者のための「ジェミナイ」、ヴァイオリンとヴィオラのための「デュオ」 他
ディオティマ弦楽四重奏団
【ユンペン・ジャオ コンスタンス・ロンザッティ(以上ヴァイオリン) フランク・シュヴァリエ(ヴィオラ) ピエール・モルレ(チェロ)】
フォンテック
FOCD9929 ¥3080(税込)


