世界に名をとどろかせる名テノール、アントニーノ・シラグーザのいまを聴く

左:アントニーノ・シラグーザ
右:林直樹

 何度も来日しているテノール、アントニーノ・シラグーザだが、最も感動させられたのは、実のところ、つい最近の話。2024年に新国立劇場《夢遊病の女》でエルヴィーノを歌った際の出来事である。

 テノーレ・リリコ・レッジェーロ(抒情性に富み、軽やかな響きを有す)の「イタリアの雄」たるこの名歌手は、前回の来日時で還暦を迎えた大ベテラン。ところが、その日の彼はひときわ若々しい歌いぶりを示した上で、記譜された超高音を猛烈な気魄(きはく)で歌い上げ、観客の心を鷲掴みにした。それは、演ずる青年役の苦しみが極まった瞬間であり、かつ、アーティストの挑戦心が爆発した一音でもあった。大袈裟でなく、彼はそこに歌手人生のすべてを賭けていた。「俺と同じように歌える奴が世界中に何人いる? 皆さま、それを分かってくださるかい?」と彼は正面切って問うたのである。

 この6月の浜離宮朝日ホールのリサイタルでも、シラグーザは変わらず、「自分の勝負どころ」を堂々と打ち出すよう。《愛の妙薬》の〈人知れぬ涙〉や《ロメオとジュリエット》の〈ああ、太陽よ昇れ〉といった情感満載の曲や、少し厚めの響きの《ラ・ボエーム》の〈冷たき手を〉、甘い調べの近代イタリア歌曲から煽情的な〈グラナダ〉まで、彼の秘めたる激情はいつどこで、どのような形で噴出するだろう? 大歌手との共演多い若手ピアニスト、林直樹の支えを得て、名テノールの歌声が鮮やかな閃光と化す瞬間をお聴き逃しなく。

文:岸 純信(オペラ研究家)

(ぶらあぼ2026年6月号より)

アントニーノ・シラグーザ テノール・リサイタル
2026.6/30(火)18:00 浜離宮朝日ホール
問:日本プロムジカチケットデスク 070-4478-0678
https://promusica.jp


岸 純信 Suminobu Kishi

オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。