INTERVIEW 鈴木優人
読響 任期最終章へ——バッハからストラヴィンスキーまで、渾身の3プログラム

©読響

 読売日本交響楽団の指揮者/クリエイティヴ・パートナーを2020年4月から務めてきた鈴木優人が、今年度で任期満了を迎え、同ポストを退任する。その最後の3月、読響との6年間の成果と、鈴木優人という音楽家の在り方が凝縮された、3つのプログラムが用意されている。

 5日の「定期演奏会」はJ.S.バッハ「マタイ受難曲」のメンデルスゾーン版。満を持しての究極の大作、しかも復活蘇演者による演奏稀少な版である。「すばらしいキャストが集まります!」と強調する理想的な歌手陣がそろうのに加えて、合唱は彼が首席指揮者を務めるバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)というのも注目される。

「読響とBCJのコラボレーションが実現する、それも『マタイ受難曲』という音楽史の金字塔でご一緒できるのは、とてもうれしいです。メンデルスゾーン版は原曲とは様々な違いがありますが、19世紀の聴衆向けに短くなっていて、楽しみやすいと思います。
 実は読響がバッハの大作を弾くのは久しぶりで、それこそ父の雅明と『マタイ』をやった四半世紀近く前になるかもしれません。その当時と比べると、大学でバロック時代の楽器を学んだ人も多くなり、バッハの音楽の理解や認知度は深まっています。とはいえまだ珍しい機会であることに変わりはなく、楽しみにしています」

 10日の「名曲シリーズ」はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。古典の王道の「名曲」2曲だ。ソリストは深化と進境著しいヴァイオリニスト成田達輝。

「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、協奏曲の歴史の中でも特別に長大で重厚な作品で、個人的にも改めて熱い気持ちがあります。成田達輝さんは本当に天才だと思います。型にはまらず、音楽への熱狂がある素晴らしいソリストで、これまで聴いたことのないようなベートーヴェンになると思います。『ジュピター』は以前も読響で演奏しましたが、記憶に残る体験になっています。最後にものすごいフーガが待っている作品で、十字架音型の4つの音のつくりの凄さといったら。アドレナリンが出ますね」

ハイドンと「春の祭典」で示す読響との到達点

 14日15日の「土曜・日曜マチネーシリーズ」は、ハイドン交響曲第26番「ラメンタチオーネ」と協奏交響曲 変ロ長調、そしてストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」というこだわりのプログラム。ハイドンの第26番はグレゴリオ聖歌の旋律が使われる、3楽章構成のユニークな作品。協奏交響曲の4人のソリストは読響楽員が受け持つ。

「『ラメンタチオーネ』は弦楽器の書法が美しく、語り口や即興性でもいろいろなことができそうです。協奏交響曲は読響のみなさんと共演できるのがすごく楽しみ。4人のソリストが技術を見せるだけではなく、遊びがあって楽しい曲です。第2ヴァイオリン首席の瀧村依里さんは日本音楽コンクールで優勝するほどのソリストで、チェロ首席の富岡廉太郎さんは理知的だけど熱い人で、彼の感動的なソロの思い出もあります。弦の2人はかなり技巧的な曲ですが、両者とも超絶に弾ける人なので楽しみです。管の2人も大活躍しますが、オーボエ首席の金子亜未さんと最近まで首席だったファゴットの井上俊次さんも、言うまでもなく最高の奏者です。この4人のソロも、読響のすごさがわかるポイントになるでしょう」

 そしてこの演奏会のメインで、ポスト最後の作品が「春の祭典」になる。

「読響とのストラヴィンスキー三大バレエがこれで達成できます。この曲はいまや古典みたいになりましたが、初演時の強烈な拒否感あるいは歓迎が起きたような、“新しい時代だ”という感じも大事です。それが自分にとってポストの終わりと、新たな始まりというタイミングにも合うと考えました。とにかく“きっちりハチャメチャな演奏”にしたいと思います! “祭典”ですからね」

©読響

 振り返ると、鈴木優人と読響の関係はコロナウイルス禍と同時に始まった。あまりにも特殊な状況下だったが、その苦楽を共にしたことで特別な関係を築けた。

「ポスト就任は4月でしたが、6月まで演奏会はできず、コロナ禍で初めて“読響が音を出す”体験ができたのが7月の特別演奏会で、ホールで聴く読響の音に改めて感動しました。マーラーの『アダージェット』では、最初のヴィオラのドの音が永遠に続いてほしいなと思ったほどです。その後は代役も含めて、コロナ禍中の編成の大きくない曲からメシアンなどの大作まで、いろいろなプログラムができました。2023年の読響創立60周年記念に『THE SIXTY』という曲を書かせてもらって初演したり、調布国際音楽祭に参加していただいたり、数え切れないほど楽しい思い出があります」

 今後の読響について話題にすると「『不滅』ですね!」と「読売」ならではの当意即妙な返答も。楽団への思いを「コロナ禍の苦難と復活の期間をご一緒できて、私自身も成長させていただいたし、感謝があります。今後もぜひ読響を応援して、熱いエールを送ってほしいと思います」と語る、鈴木優人と読響の3月。多彩な曲目と共に、大いに期待して見届けたい。

取材・文:林昌英

読売日本交響楽団

第656回 定期演奏会
2026.3/5(木)19:00 サントリーホール

指揮:鈴木優人
福音史家(テノール):ザッカリー・ワイルダー
イエス(バス):ドミニク・ヴェルナー
ソプラノ:森麻季
カウンターテナー:クリント・ファン・デア・リンデ
合唱:バッハ・コレギウム・ジャパン
児童合唱:東京少年少女合唱隊

J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV244(メンデルスゾーン版)


第690回 名曲シリーズ
2026.3/10(火)19:00 サントリーホール

指揮:鈴木優人
ヴァイオリン:成田達輝

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.61
モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」


第285回 土曜マチネーシリーズ
2026.3/14(土)
第285回 日曜マチネーシリーズ
2026.3/15(日)
各日14:00 東京芸術劇場 コンサートホール

指揮:鈴木優人
ヴァイオリン:瀧村依里(読響首席)
チェロ:富岡廉太郎(読響首席)
オーボエ:金子亜未(読響首席)
ファゴット:井上俊次(読響)

ハイドン:交響曲第26番 ニ短調「ラメンタチオーネ」、協奏交響曲 変ロ長調
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

問:読響チケットセンター0570-00-4390
https://yomikyo.or.jp


林 昌英 Masahide Hayashi

出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。