「まずはトライしてみてください!」 12/16出場者応募締切
文:岸純信(オペラ研究家)
「10回の練習よりも、1回の本番」
バレエや楽器など、芸術のいろんな分野でよくいわれる言葉である。クラシックの歌い手にしても、レッスン室とは比べものにならないほどの広いステージで、スタイリッシュな衣裳を身にまとい、知らないお客さんを前に一曲でも全力投球したならば、その途端、これまでとは違う自分が生まれ、新しい勢いで歌声を響かせられるかもしれない。当人のちょっとした勇気さえあれば、想像以上に大きな一歩が踏み出せるのではないだろうか。

来年2月23日に、神奈川県川崎市のカルッツかわさきホールで開催される「第8回かわさき新人声楽コンクール」は、そうした、「若い歌手たちに勇気を持ってもらうため」の貴重な場として、いま大注目のコンクールである。というのも、応募できるのが、「女声28歳まで/男声28歳までの日本在住者であり、かつ、音楽大学卒業程度の実力を有する者(※2026年2月23日現在)」であるからなのだ。
先述のバレエや楽器奏者の場合、10代で世界的な名声を得る逸材が時々出る。しかし、人間の肉体そのものが楽器となる歌手の場合、真のキャリアが始まるのは35歳以降とも言われている。なので、一般的に、オペラ・コンクールの年齢の上限は35歳まで、学生コンクールだと24歳以下が出場できる。とすると、「28歳まで」というラインを示す「かわさき新人声楽コンクール」は、新しい視点のもとに存在する競いの場になる。この第8回から審査員長を務める大ベテランのバリトン、大島幾雄が、コンクールの在り方を詳しく語ってくれた。

「私がデビューした頃は――ずいぶん昔になりましたが(笑)――今の日本音楽コンクールと日伊コンコルソぐらいしかなかったのですが、今は本当にいろんな機会があり、首都圏だけでなく地方にも出来ましたね。その中で、かわさき新人声楽コンクールの特色といいますと、まずは、入賞者の皆さんに活動の場を提供しようと、ホール自体が積極的に動いている点です。例えば、「かわさき市民第九」のソリストに推薦したり、演奏会に出演して貰うなど、機会を少しでも作ろうとしています。それに、本選そのものも2千席を超えるホールで開催されますから、まずは『いまの自分のベストを尽くす場』として、多くの若い世代に受けてみてほしいんです」。
過去の受賞者には、いま、オペラ界で大活躍のテノール、工藤和真(第1回第1位)やバリトンの市川宥一郎(第1回第3位)、文化庁新進芸術家在外研修員として現在イタリアに留学中のメゾソプラノ杉山沙織(第2回第1位)、それに東京二期会《コジ・ファン・トゥッテ》でグリエルモ役を歌って成功、テレビ放映もされたバリトンの宮下嘉彦(第5回第1位)が居て、第6回第1位はメゾソプラノの川崎麻衣子、第7回第1位は新星カウンターテナーの上村誠一と、入賞者の声種も幅広い。

「このコンクールに挑み、審査の現場で気づいたことを基にさらに修練を重ね、将来的には新国立劇場や東京二期会、藤原歌劇団など、いろいろな舞台に出演できる歌手がどんどん増えてほしいと願います。一方、本当にシビアな話ですが、ある年に10名がチャンスを与えられたとしても、その翌年には7名ぐらいが消えてしまうようです。だから、授賞式の後の講評でも必ず、『入賞したから目的達成ではなくて、そこから本当のスタートになります』と言わなくてはなりません。努力をどれくらい続けられるか、声をどれくらい保てるか、それが重要ですね。また、日本で歌うとなれば、いろんな言語のオペラへの出演依頼が来たり、日本歌曲を歌うよう頼まれることも必ずあるでしょう。私自身、若いころはドイツかぶれ、イタリアかぶれでしたが、オペラ・デビューはフランスのラヴェルの《スペインの時》のラミーロ役でしたし、そのあとすぐ頂いたご依頼はチェコのヤナーチェクのオペラ。『本当に、なんでもやらないといけないんだ!』と実感したものです」

そこで、審査員長として大島が考えることが一つ。
「来る第8回の本選では、歌曲1曲とオペラ・アリア1曲(2曲を提出し、そのうち1曲を当日指定)をピアノ伴奏で歌ってもらいます。合計で10分間という制限はありますが、言語指定はありません。ただ、将来的には、予選の段階で課題曲に日本歌曲を入れるとか、古典イタリア歌曲と呼ばれる曲種も指定するなど、『基本に忠実な姿勢を示すコンクール』のイメージを強めたいとも思います。こちらは、まだ私見の段階ですので、皆さんと相談しながら進めたいですね」。
最後に、若い歌手志望者たちに改めての呼びかけを。
「ステージ上でいまの自分のベストを試してみませんか? 声の造りがまだ出来ていないかな?言葉が甘いかな?と思っても、他流試合の感覚からも、このコンクールの場でご自分を試してみたら、お客さまや我々審査員だけでなく、自分自身にも結果と現状が把握できて、それを後から冷静に判断できるのかもしれません。イメージでは出来ていた声のテクニックも、広い会場だと全然出来ていなかったり・・・それは本当によくあることなのです。28歳までなら何度も受けていいから(笑)まずはトライしてみてください!」

第8回かわさき新人声楽コンクール
◎審査員(敬称略)
大島幾雄(審査員長)
井ノ上了吏 郡愛子 腰越満美 斉田正子 佐藤亜希子 柴山昌宣 永井和子 堀内康雄
◎参加資格
・女声28歳まで/男声28歳まで ※2026年2月23日現在
・音楽大学卒業程度の実力を有する者
・日本在住者
◎選考スケジュール
・募集開始:2025.10/1(水)
・応募締切:2025.12/16(火)
・1次予選(音源審査):2025.12月下旬
・2次予選(非公開審査)
日程:2026.1/26(月)カルッツかわさき アクトスタジオ
・本選(公開審査)
日程:2026.2/23(月・祝) カルッツかわさき ホール
◎出場者応募締切:2025.12/16(火)
https://culttz.city.kawasaki.jp/performance/41826/
◎過去の入賞者一覧
【第1回入賞者】
第1位 工藤和真(テノール)
第2位 杉山沙織(メゾソプラノ)
第3位 市川宥一郎(バリトン)
【第2回入賞者】
第1位・市長賞 杉山沙織(メゾソプラノ)
第2位 米田七海(ソプラノ)
第3位 中野瑠璃子(ソプラノ)
※第3回は新型コロナウイルスにより中止
【第4回入賞者】
第1位・市長賞 依光ひなの (メゾソプラノ)
第2位 福留なぎさ(ソプラノ)
第3位 榎本菜々(ソプラノ)
聴衆賞 堀越俊成(テノール)
【第5回入賞者】
第1位・市長賞 宮下嘉彦(バリトン)
第2位 石井和佳奈(ソプラノ)
第2位 富永果捺子(ソプラノ)
聴衆賞 石井和佳奈(ソプラノ)
【第6回入賞者】
第1位・市長賞 川崎麻衣子(メゾソプラノ)
第2位 湯澤里帆(メゾソプラノ)
第3位 藤原優花(ソプラノ)
聴衆賞 加藤楓(ソプラノ)
【第7回入賞者】
第1位・市長賞 上村誠一(カウンターテノール)
第2位 藤田真由(ソプラノ)
第3位 東幸慧(ソプラノ)
聴衆賞 上村誠一(カウンターテノール)

岸 純信 Suminobu Kishi
オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。


