ソプラノ・宮地江奈の清らかな歌声がHakuju Hallを包みこむ

©Yoshinobu Fukaya/aura.Y2

 聴き手をやさしく包み込む清らかな声。宮地江奈の場合、それがたしかなテクニックに支えられているから、なおさら耳に心地よい。いつまでも聴いていたくなるその声は、日本でも時々歌った世界的ソプラノ、アンドレア・ロストに似ている。実際、彼女の師匠はロストなのだ。

 「新国立劇場オペラ研修所時代、《リゴレット》を勉強していたとき、ロスト先生がジルダを歌う映像を観て、私が求める声はこれだと思ったのです。レパートリーも私と重なるロスト先生は、私の声をうまく引き出してくれると思い、マスタークラスに参加したとき、先生のもとで学びたいと伝えました。こうしてハンガリーに留学することになったのです」

 その結果、ロストの清らかな声の秘訣を、根底から受け継ぐことになった。

 「ロスト先生の声は力強く響きも大きいですが、声は息に乗せて、喉には絶対に負担をかけません。レッスンを受け、そのことを強く意識されているのがわかりました。だから、私もいい響きで歌えるように、喉に負担をかけないようにしています。そのために、1日1万歩を目指して歩くなど健康の維持にも力を入れていて、それが声のやわらかさにつながります」

 そうして作られた宮地の声。

 「Hakuju Hallは響きがすごくいいので、リクライニング・コンサートで歌う曲は、声を楽しみながらリラックスしていただける、という視点で選びました」

 子守唄(シューベルト)、アヴェ・マリア(カッチーニ)のほか、「自分の大切な要素である日本歌曲は、何度も歌っていてそのたびに発見がある2曲(〈小さな空〉 と〈竹とんぼに〉)を選びました。また、初めて歌うオペラ《ベイビー・ドゥのバラード》からの〈手紙の歌〉は、おそらく日本では珍しい曲ですが、皆様に知っていただきたいと思い選曲しました」。そこにロスト直伝のオペレッタも加えた。ピアノは「話すと癒し系なのにすごくアグレッシブな面があって大好き」な三原有紀に、宮地みずから頼んだという。

 ところで、宮地はもちろん、オペラの世界でも活躍の場を広げている。昨年は台湾で上演された準・メルクル指揮の《ばらの騎士》でゾフィー役にデビューし、今年10月にはやはり台湾でジルダ役を歌った。その先に、以下のような抱負がある。

 「いずれは《ばらの騎士》なら元帥夫人、《フィガロの結婚》なら伯爵夫人といった少し重厚感がある役に自然に移行できたらいいなと思います。ベルカント・オペラにも取り組みたいです」

 こうした経験が、リクライニング・コンサートで披露されるすべての曲の美しさと、豊かさと、味わい深さにつながっているのは、いうまでもない。

取材・文:香原斗志

(ぶらあぼ2025年11月号より)

第182回 リクライニング・コンサート 宮地江奈(ソプラノ) & 三原有紀(ピアノ)
2025.11/13(木)15:00 19:30 Hakuju Hall
問:Hakuju Hall チケットセンター03-5478-8700 
https://hakujuhall.jp


香原斗志 Toshi Kahara

音楽評論家。神奈川県生まれ。早稲田大学卒業、専攻は歴史学。イタリア・オペラなどの声楽作品を中心にクラシック音楽全般について執筆。歌声の正確な分析に定評がある。日本ロッシーニ協会運営委員。著書に『イタリア・オペラを疑え!』『魅惑の歌手50 歌声のカタログ』(共にアルテスパブリッシング)など。歴史評論家の顔もあり、近著に『お城の値打ち』(新潮文庫)。