
Semyon Bychkov
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 首席指揮者・音楽監督
近年行われた日本ツアーで大きな評判を呼んできたチェコ・フィルハーモニー管弦楽団と首席指揮者・音楽監督のセミヨン・ビシュコフによる黄金コンビが、この10月に待望の再来日を果たす。ビシュコフが電話インタビューで今回の来日公演の聴きどころを語ってくれた。
7シーズン目の共同作業が終盤に入ったいま、両者は充実の極みにあるようだ。
「今シーズン、私たちはアメリカでのツアーでチェコ音楽を、続くヨーロッパ・ツアーでモーツァルト、マーラー、ショスタコーヴィチという対照的なレパートリーを披露しました。聴衆が私たちに対して示したのは、チェコ・フィルが本家のチェコ音楽だけでなく、いまや国際的なレパートリーにおいても世界のオーケストラのトップクラスに位置しているという反応でした。まさに私たちが目指していることだったので、満ち足りた気持ちでいます」
来日公演のメインプログラムは3種類。まず注目すべきは、没後50年のショスタコーヴィチの交響曲第8番だろう。1980年代後半、旧ソ連出身のビシュコフが西側世界で注目されるようになるのは、ベルリン・フィルとのショスタコーヴィチの交響曲の一連の録音を通じてだった。第8番という屈指の大作を彼の指揮で聴ける意義は大きい。
「私はこれまでの人生を通してショスタコーヴィチについて考えてきましたが、今その思いをさらに強くしています。この交響曲第8番は第二次世界大戦中の1943年に作曲されました。当時、戦争の行方はまったく不透明で、どちらにも転ぶ可能性があり、まさに現代の人々が再び経験している状況といえます。5つの楽章から成るこの交響曲は、ハ長調の穏やかな音楽で締めくくられます。大戦の最中にショスタコーヴィチは生き残るための闘いを描き、最後に光と希望を込めた。それがこの曲のメッセージだと私は思います」
スメタナの「わが祖国」は、言うまでもなくチェコ・フィルにとってきわめて大切なレパートリーだが、ビシュコフは「(チェコだけでなく)あらゆる人に心のホームを見せてくれる作品」と語る。
「2022年、ロシアによるウクライナ侵攻が起きた頃、私たちはヨーロッパ・ツアーのために『わが祖国』のリハーサルをしていました。大きな衝撃を受けながらも、チェコ・フィルは普段と同じ集中力と情熱をもって演奏したのですが、以前とは響きが異なるように聞こえたのです。それは私たちがその瞬間に生きている状況のためでした。つまり、こういうことなのだと思います。150年前に生まれた作品であっても、それは私たちの人生とつながっているのだと」
このコンビによる新録音は、2025年のBBCミュージック・マガジン賞を受賞した。今回の来日でも一段と成熟した解釈を披露するに違いない。
もうひとつのチャイコフスキー交響曲第5番について、ビシュコフは「巨大な傑作。チャイコフスキーの音楽は、マーラーと同じく、非常に自伝的です。彼は運命の力というものを信じていたと思います」と述べる。すでに交響曲全曲をレコーディングするなど、このコンビが国際的な評価を高めることになった定評あるレパートリーだ。
さらに2人のソリストが華を添える。ラヴェルの生誕150年に合わせて、ドイツ・グラモフォンからソロ・ピアノ作品全集をリリースしたチョ・ソンジンが、十八番ともいえるピアノ協奏曲を披露する。フランス近代音楽にも造詣の深いビシュコフとのコラボが楽しみだ。一方、ドヴォルザークのチェロ協奏曲のソロを弾くのは、アナスタシア・コベキナ。「注目すべき才能のチェロ奏者であり、彼女が音楽を奏で始めると、音楽そのものになります」(ビシュコフ)という若きチェリストとどんな共演が生まれるだろうか。
2026年に創設130周年を迎える名門チェコ・フィルとセミヨン・ビシュコフは、ヨーロッパの楽壇でもとりわけ芸術性の高いコンビとして評価されている。充実したプログラムの今回の来日公演を逃す手はないだろう。
取材・文:中村真人
(ぶらあぼ2025年7月号より)
セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
2025.10/22(水)、10/23(木)各日19:00 サントリーホール
出演/チョ・ソンジン(ピアノ 10/22)、アナスタシア・コベキナ(チェロ 10/23)
曲目/
【10/22】ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調 M.83、ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 op.65
【10/23】ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 op.104、チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 op.64
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 https://www.japanarts.co.jp
他公演
2025.10/19(日) 大阪/ザ・シンフォニーホール(06-6453-2333)
10/20(月) NHKホール(ハローダイヤル050-5541-8600)
10/21(火) 文京シビックホール(03-5803-1111)
10/25(土) 所沢市民文化センター ミューズ アークホール(04-2998-7777)
※公演により出演者、プログラムが異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。