リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」、今秋は《シモン・ボッカネグラ》!

リッカルド・ムーティ©Tairadate Taira

 ヴェルディの傑作《シモン・ボッカネグラ》を、ムーティが再び日本で指揮してくれる。前回は2014年のローマ歌劇場来日公演のときだったから、11年ぶりだ。

 あのときも期待に違わぬ、素晴らしい演奏だった。今も耳に残るのは、最後の響き。毒を盛られたシモンは、愛する人々にみとられながら息をひきとる。その響きが、同じヴェルディの名曲「レクイエム」の末尾そのままに、死にゆく者と現世に残る生者、双方の平安を願う祈りとなって静かに消えた瞬間の感動は、鮮やかに思い出せる。

 ムーティ指揮の《シモン・ボッカネグラ》をついに聴けた、という喜びも大きかった。どういうわけか、ムーティはこのオペラの録音も映像ものこしていないからである。ヴェルディを熱烈に愛し尊敬し、数多い名作のほとんどを録音しているムーティなのに、これだけがない。このオペラのことも深く愛し、熟知していることが、来日公演によってよくわかっただけに、なぜ録音しないのか、不思議さが増すばかりだった。

左:ジョルジェ・ペテアン/イヴォナ・ソボトカ ©Lukasz Rajchert/イルダール・アブドラザコフ/ピエロ・プレッティ ©Michele Monasta

 しかし、11年後の今回こそ、謎が解けるかもしれない。これが、イタリア歌劇界のレジェンドであるムーティが、上演に至るまでの全過程を才能ある若手音楽家たちに伝えることを目的とする「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」だからである。もちろん、このアカデミーのクライマックスとなるのが、ムーティと、ジョルジェ・ペテアン(シモン)、イヴォナ・ソボトカ(アメーリア)、イルダール・アブドラザコフ(フィエスコ)、ピエロ・プレッティ(ガブリエーレ)ら欧米の歌劇場で活躍中の一流歌手陣による演奏会形式上演であることは、いうまでもない。昨年の《アッティラ》も、本当に圧倒的なものだった。ヴェルディのなかでは上演機会が少なく、一流指揮者で関心を持つのはムーティただ一人といってもいいオペラなのに、その指揮の下では、そんなマイナーな作品とはとても感じられなかった。声と言葉とオーケストラが有機的に唱応する、一つの交響的なドラマが眼前に展開されたからだ。ただ熱いだけではなく、近年のムーティならではの「堂々たる品格」が、作品の真価を教えてくれた公演だった。

 だが、このアカデミーの価値と面白さは、この演奏会形式上演だけではないことを、強調しておきたい。初日のムーティによる作品解説に始まる2週間の毎日に、オペラを聴く喜びと魅力がつまっているからだ。ムーティが愛し信頼する「東京春祭オーケストラ」は、若く優秀で意欲的な楽員ばかりだ。しかし、その響きが短期間でどれほど成長するか、どれほど「ヴェルディの音」に変わるかには、毎回驚かされる。2週間にわたり、オーケストラはムーティの指導を受ける指揮受講生たちのもとで、受講生指揮の公演で歌う日本人歌手たちとともに、演奏し続ける。レッスン中、ムーティは途切れることなく、受講生に厳しくアドバイスし、ときに指揮し、ときに歌手のパートを歌って聴かせ、過去のさまざまな上演や歌手の思い出を、ジョークまじりに語る。それらのすべてを通じて、作品と音楽の要諦が示される。受講生や歌手だけでなく、オーケストラも入念なレッスンを受けることになるのだ。客席で聴講するだけでも、とても多くの内容を学び、体験できる。今までなぜ録音していないのかも、語ってくれるかもしれない。付け加えておくが、受講生指揮の公演も、じつはとても充実したものである。絶対に聴いて損はない。

 今回の受講生とムーティ指揮による演奏会形式上演は、昨年に続いて東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)で行われる。約800席のホールで身近にオペラを聴く、贅沢な時間を今年も味わえるのだ。

文:山崎浩太郎

(ぶらあぼ2025年7月号より)

『ぶらあぼ』7月号誌面で、9月15日公演の開演時間が15時との記載がありましたが、19時に変更となりましたので、下記の通り訂正いたします。

イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.5
2025.9/2(火)〜9/15(月・祝)
リッカルド・ムーティによる《シモン・ボッカネグラ》作品解説
9/2(火)19:00 東京音楽大学 TCMホール(中目黒・代官山キャンパス)
リッカルド・ムーティ presents 若い音楽家による《シモン・ボッカネグラ》(演奏会形式)
9/11(木)19:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
リッカルド・ムーティ指揮《シモン・ボッカネグラ》(演奏会形式)
9/13(土)15:00、9/15(月・祝)19:00
東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
6/29(日)発売
問:イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 チケットデスク050-3498-1053(6/25より)
https://www.tokyo-harusai.com/academy_2025
※リハーサルの有料公開あり。


山崎浩太郎 Kotaro Yamazaki

1963年東京生まれ。演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(以上アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。
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