
「ジャズやろっさ!」
本気でJAZZする北陸の吹奏楽部
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
福井県立三国高校吹奏楽部の今年度の部長で、アルトサックス担当する藤井玲(3年)は、以前は教室の隅にちょこんとおとなしく座っている生徒だった。
人前でもうまく話せず、自分に自信がない。「変わりたい、違う自分になりたい」という思いを持ちながらも、なかなか一歩を踏み出せずにいた。
そんな玲を変えてくれたのが、三国高校吹奏楽部と「ジャズ」だった。

福井県坂井市三国町。九頭竜(くずりゅう)川の河口に位置する港町で、明治時代までは大阪と北海道をつなぐ北前船の寄港地として栄えた。また、サスペンスドラマの舞台でよく使われる東尋坊、名産品の越前がになどでも有名だ。
そんな三国町の小高い丘の上に三国高校はある。校舎の窓からは日本海へと沈んでいく夕日が見える。
三国高校吹奏楽部は現在、「二刀流」で活動している。吹奏楽とジャズだ。
吹奏楽部の定期演奏会というと、クラシックとポップスを一連のプログラムの中で演奏するのが一般的だ。だが、三国高校では春にジャズだけの「SANKO JAZZ」、秋には吹奏楽だけの「SANKO BRASS」を開催している(「三高(さんこう)」は三国高校の地元での通称)。特にジャズに力を入れているバンドなのだ。

二刀流の道を歩み始めたのは、2021年に顧問の武井晋(しん)先生が着任してからだ。
三国高校の卒業生であり、地元の敬勝寺の住職という顔も持つ武井先生は大学時代にジャズに目覚め、サックス片手にアメリカに渡ったユニークな経歴を持つ(もう片手にはサーフボードを抱えていたという)。帰国後、南越前町の小学校に勤務し、ジャズバンド結成。異動先の坂井市の三国中学校、春江中学校では吹奏楽部を指導。三国中学校では全日本吹奏楽コンクールに2度出場を果たした。

なお、武井先生の父、武井秀明先生も吹奏楽指導者として金津町立金津中学校吹奏楽部を全国大会に6回導いている。
そんな武井先生だが、三国高校に赴任した際には定期演奏会前に部員が1、2年生のみ17人しかいないという危機的状況に陥った。このままでは演奏できる曲が限られ、コンサートとして成立しないかもしれない——。
同校卒業生で、ナレーターとして活躍する岡田健志に相談したところ、こんなアドバイスをもらった。
「ジャズならできるでしょ」
それは天啓のようなひと言だった。

確かに、ジャズのビッグバンドは17人前後で演奏されるものだ。人数は足りる。武井先生もジャズは得意だし、指導することもできる。しかも、福井県には白井淳夫や高浜和英といった名ジャズプレイヤーもおり、武井先生は白井淳夫のバンドに在籍していたこともあった。ほかにも、トランペット奏者の谷口浩和ら、地元に心強い味方がいた。
「ジャズやろっさ!」
その言葉は福井弁で「ジャズやろうよ」を意味する。
ジャズ、やろう。ジャズで三国高校吹奏楽部を、いや、三国の町や福井を盛り上げていこう。
方向性は決まった。三国高校は2021年、記念すべき第1回の「SANKO JAZZ」を開催。演奏面ではサポートのプレイヤーに協力してもらった。当時はコロナ禍のまっただ中で社会が神経質になっている時期だったが、なんと会場は超満員になったのだった。

武井先生率いる「ジャズバンド」としての三国高校は、これまでシンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会に3回出場。金賞3回、うち1回はグランプリに輝いた。ジャズに取り組みはじめたばかりとは思えない活躍ぶりだ。
一方、「吹奏楽部」としての三国高校は、吹奏楽コンクールでB部門(小編成)に出場しており、2021年は最上位大会の東日本学校吹奏楽大会出場(銀賞)。それ以外の年も北陸大会金賞が続いている。自由曲には《吹奏楽のための協奏曲》や《ブリュッセル・レクイエム》といったゴリゴリの難曲をチョイスしている。
まさに二刀流である。

今年度、部員数は34人になった。
部長の玲は、三国高校に入るまではジャズの経験がなかった。ほかの部員もほとんどが同じだ。武井先生によれば、ジャズに力を入れている吹奏楽部というのは、中学生から見ると「いままでやったことがない音楽、知らない音楽をやっている」「難しそう」と思われて敬遠されがちな面もあるのだという。
だが、玲は違った。
「三国高校がジャズをやっていることは知っていたので、『どういうものなんだろう?』と興味を持って入部しました」
アルトサックスは、ジャズでは花形楽器だ。ソロやソリなど見せ場も多い。かつて引っ込み思案だった玲にとっては、嬉しいというよりも、ハードルが高いことだ。

「最初は、ステージの前に出てソロを吹くのも自信がなくて。でも、やらないわけにはいかないので、必死に吹いているうちに少しずつできるようになっていきました」
ソロはアドリブ。これも最初は難しかったが、多くのプレイヤーのアドリブを聴き、取り入れながら自分の演奏をつくり上げていると玲は言う。
「尊敬するプレイヤーはチャーリー・パーカーです。三国高校はよくチャーリー・パーカーの《ドナ・リー》を演奏するのですが、いつも武井先生から『パーカーみたいに《ドナ・リー》のソロを吹け』と言われています」
玲は少しずつステージ最前列でソロを吹くことにも慣れていき、高2で出場した昨年のシンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会でも堂々とソロを奏でた。
「文京シビックホールという大きなホールに自分の楽器の音が響いていくのが気持ちよかったです」

部長になったことで、みんなの前でリーダーとして振る舞うこともできるようにもなった。
「吹奏楽部とジャズが私を変えてくれました」
今年4月に開催された「SANKO JAZZ」でも、玲は満員の観客の前で熱いサックスソロを披露した。
玲だけではない。部員全員がジャズのビートの中で輝いていた。今年の「SANKO JAZZ」のキャッチフレーズは「全員主役」。まさに、その言葉のとおり一人ひとりのソウルが音に乗って会場中に響き渡っていた。

ゲストプレイヤーはドラム奏者の川口千里さんだったが、共演の際も川口さんのドラムに導かれるように、さらにグルーヴ感が増していき、部員たちのポテンシャルが開花していった。
武井先生の指揮で三国高校が奏でるジャズの調べ。会場に集まった観客たちも手拍子をし、頭や体を動かして楽しんでいた。
「ジャズやろっさ!」
そのかけ声は、部員たちの心を変え、そして、三国や福井県の人々の胸を躍らせている。

『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス
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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)
世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。