今年の秋に開館25周年を迎えるTOPPANホール。室内楽の殿堂として、アイディアに満ちたアグレッシブな企画を連発してきた。このホールならではのアニバーサリーの幕開けとなる室内楽フェスティバルが10月に開催される。

今回の主役は、フォーレ四重奏団。常設のピアノ四重奏団として、世界屈指の地位を確立しているアンサンブルだ。こちらもホールより5歳年上、今年結成30周年を迎える。ダブルのアニバーサリーとなったこのフェスティバルでは、ピアノ四重奏曲だけでなく、これまで同ホールの舞台を飾ってきた名手たちと共演し、さまざまな室内楽曲、さらにリートやポップスも交えた公演を5夜にわたって繰り広げる。
第1夜(10/2)は、ウィーンのロマン派音楽の曙光をさぐるプログラムだ。まずは、モーツァルトのピアノ四重奏曲第2番で幕開け。モーツァルトの弦楽五重奏曲ト短調では、ヴァイオリンの日下紗矢子、ヴィオラのニルス・メンケマイヤーが加わるという豪華さ。シューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」は、フォーレ四重奏団にコントラバスの石川滋が参加、きめ細やかな表現に加え、スケール感ある演奏を聴かせてくれるだろう。

第2夜(10/4)の一曲目は、メンデルスゾーンのピアノ四重奏曲第2番。作曲家が10代で書いた作品をフォーレ四重奏団がエレガントに描いてくれよう。ブラームスのヴィオラ・ソナタ第2番は、メンケマイヤーとフォーレ四重奏団のピアニスト、ディルク・モメルツとのデュオだ。ミュンヘン大学の同僚で、親しい間柄だという2人の共演も、この企画の聴きどころの一つ。そして、シューマンのピアノ五重奏曲。日下紗矢子が加わることで、フォーレ四重奏団がいかなる化学変化を起こすか。
「Unrequited Love —片思い」というタイトルで贈る第3夜(10/5)は、ソプラノ歌手アネッテ・ダッシュが登場する。各地のオペラ劇場を席捲したプリマドンナが、歌曲でもその才質を輝かせることを日本で示したのは、2012年のこのホールでのリサイタルではなかったか。今回は、ブラームスのピアノ四重奏曲第3番のあいまに、ワーグナーの「ヴェーゼンドンク歌曲集」、マーラーの歌曲集「若き日の歌」と「子どもの魔法の角笛」の抜粋曲をちりばめる。ブラームスとクララ・シューマンとの関係も描かれたのではないかと指摘される四重奏曲に、悲恋や孤独をテーマにした歌曲で構成された、濃厚な情念もわき上がってくるプログラムだ。

右:笹沼 樹 ©Taira Tairadate
第4夜(10/7)は、ウィーンのロマン派が熟成していく様子をたどる選曲。四重奏団メンバーによるシューベルトの弦楽三重奏曲第1番に始まり、同じ作曲家のアルペジオーネ・ソナタが続く。こちらもメンケマイヤーとモメルツのデュオだ。そして、後半にはシェーンベルクの「浄められた夜」が演奏される。日下紗矢子、メンケマイヤー、笹沼樹が、フォーレ四重奏団のメンバーと一緒になって豊饒なサウンドをホール全体に響かせてくれるはずだ。
最終日となる第5夜(10/8)は、フォーレ四重奏団からの提案によるプログラム。「音楽と愛」をテーマに、「25周年を迎えるホールとお客様へのプレゼント」として組んだという。第3夜に引き続いてアネッテ・ダッシュが舞台に上がり、フォーレ四重奏団とオペラやオペレッタのアリア、さらにミュージカル・ナンバーやタンゴ作品などを披露する。レハール、ヴァイル、バーンスタイン、ヴィンセント・ユーマンスにエリオット・スミスなど、これまでの4夜とは雰囲気をガラリと変えたステージだ。ダッシュとフォーレ四重奏団のイメージが一新されるかのような、魅力あふれる一夜になる。
文:鈴木淳史
(ぶらあぼ2025年7月号より)
TOPPANホール25周年 室内楽フェスティバル I〜V フォーレ四重奏団とともに
【I】2025.10/2(木)19:00
【II】10/4(土)18:00
【III】10/5(日)18:00
【IV】10/7(火)19:00
【V】10/8(水)19:00
TOPPANホール
6/26(木)発売
問:TOPPANホールチケットセンター03-5840-2222
https://www.toppanhall.com

鈴木淳史 Atsufumi Suzuki
雑文家/音楽批評。1970年山形県寒河江市生まれ。著書に『クラシック悪魔の辞典』『背徳のクラシック・ガイド』『愛と幻想のクラシック』『占いの力』(以上、洋泉社) 『「電車男」は誰なのか』(中央公論新社)『チラシで楽しむクラシック』(双葉社)『クラシックは斜めに聴け!』(青弓社)ほか。共著に『村上春樹の100曲』(立東舎)などがある。
https://bsky.app/profile/suzukiatsufmi.bsky.social