
2025年は戦後のフランスを代表する作曲家、ピエール・ブーレーズの生誕100年にあたり、日本でも彼の功績に光を当てるコンサートがいくつも開催されている。そのなかでもとくに注目すべき公演のひとつが、東京シンフォニエッタの「巨人 ピエール・ブーレーズ」と題する演奏会である。
世界各国の優れた作曲家の作品を日本人特有の美的感覚をもって、質の高い演奏で紹介し続けてきた東京シンフォニエッタと同楽団音楽監督の板倉康明にとって、ブーレーズは特に思い入れのある作曲家だ。2008年にパリのプレザンス音楽祭に参加した際、ブーレーズが創設したアンサンブル・アンテルコンタンポランの本拠地、シテ・ド・ラ・ミュジークで「デリーヴ 1」を演奏したことは、彼らの30年にわたる活動のなかでも特に重要な記憶となっている。
今回の演奏会ではこの「デリーヴ 1」に加えて、姉妹作の「デリーヴ 2」、そしてフルート・ソロとライブ・エレクトロニクスを伴う「エクスプロザント=フィクス(…爆発的・固定的…)」も演奏される。板倉は今年4月に行われたアンサンブル・アンテルコンタンポランの来日公演のプログラムも踏まえて選曲を行い、日本の音楽ファンができる限り多くのブーレーズ作品に触れられるよう配慮したという。またこの公演はフランス文化省が定める「2025 ブーレーズ・イヤー」の公式イベントのひとつとなっている。板倉は演奏会のコンセプトについて次のように語ってくれた。
「私の師であるギィ・ドゥプリュは、ブーレーズとともに室内アンサンブル“ドメーヌ・ミュジカル”を創設した彼の音楽仲間のひとりだったので、メディアが伝える厳格な巨匠というイメージとは異なる、人間味溢れるエピソードをいろいろと聞いていました。ブーレーズもさまざまな表情を持つひとりの人間であったということを、彼の音楽を通して伝えたいと思っています。フライヤーに柔らかい表情を浮かべる写真を選んだのも、そうした理由からです。ブーレーズの音楽を特徴づけているのはヒューマニズムです。彼の書法は複雑でありながらも、人の心の奥深くに入り込んでいく美しさを持っています。ラディカルではあっても奇を衒ったことはせず、演奏家や楽器に対するリスペクトを失うことはありませんでした。ふたつの『デリーヴ』ではフランス音楽の伝統を受け継ぐ緻密なエクリチュールを、『エクスプロザント=フィクス』では音楽に拡張性をもたらし、聴き手を包み込むライブ・エレクトロニクスの魅力を楽しんでください」
ブーレーズの素顔に接することができる、アニバーサリー・イヤーならではの演奏会は、全ての音楽ファンにとって聴き逃せない貴重な機会となるだろう。
取材・文:八木宏之
(ぶらあぼ2025年7月号より)
東京シンフォニエッタ 第57回 定期演奏会 -巨人 ピエール・ブーレーズ-
2025.7/10(木)19:00 東京文化会館(小)
問:AMATI 03-3560-3010
https://www.amati-tokyo.com

八木宏之 Hiroyuki Yagi
青山学院大学文学部史学科芸術史コース卒。愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程(修士:音楽学)およびソルボンヌ大学音楽専門職修士課程(Master 2 Professionnel Médiation de la Musique)修了。
2021年春にWebメディア『FREUDE』を立ち上げ。クラシック音楽を中心にプログラムノートやライナーノーツ、レビュー、エッセイを多数執筆するほか、アーティストへのインタビュー、コンサートのプレトーク、講演会なども積極的に行なっている。
https://freudemedia.com