リート・ピアノは詩の内容に音で広がりを与える「語り手」のような存在です
取材・文:城所孝吉

村上明美はミュンヘンを拠点に活動するピアニスト。権威ある「ARDミュンヘン国際音楽コンクール」声楽部門公式ピアニスト、歌曲演奏会シリーズ「LIEDERLEBEN」芸術監督を務めるなど、歌曲伴奏者として精力的に活動。多くの国際的歌手たちと共演を重ね、信頼を集めている。今年の東京・春・音楽祭では、スイスのテノール、マウロ・ペーターとともに、シューベルトの「美しき水車屋の娘」を演奏する。

歌曲伴奏者は、ドイツ語やフランス語の詩の理解が必要であり、歌詞から演奏を発想するという意味でも特殊な分野である。村上がこの世界に入ったきっかけは、名伴奏者ヘルムート・ドイチュの著作『伴奏の芸術』に触れたことだという。
「特に、リートが『音楽、詩、言葉、感情、文化の融合体である』という点に感銘を受けました。作曲家が文学や時代背景からインスピレーションを受け、それをどのように音楽で表現したのかを知って、刺激を受けたのです」
ミュンヘンではドイチュ本人に学んだが、「詩の内容を読み解き、それを音楽的に解釈・表現する過程は、作曲家との対話であり、過去の文化と触れ合うような体験」だという。リート演奏の楽しみは何か、と聞くと、「詩の描く情景や、そこに込められた哲学的な思索、愛、孤独、自然への畏敬などの普遍的なテーマが、音楽とともに一体となること」という答えが返ってきた。具体的には、どういうことだろうか。
「リート・ピアニストは、詩の内容に音で広がりを与える語り手のような存在です。小川のせせらぎや風の音、月の光を模倣するような部分では、自然の質感をどう表現するかが課題になります。また、愛や憧れ、悲しみ、不安といった言葉に込められた微妙な感情を、テンポやタッチの変化で描写する必要があります。詩の世界を音で翻訳するプロセスが、リート演奏ならではの面白さです」

それを歌手と一緒に作っていくわけだが、共演者のペーターの魅力についても語ってもらった。
「素晴らしい音楽性と深い解釈力の持ち主です。繊細で表現力があり、歌のどの瞬間にも詩のニュアンスが感じられます。ペーターさんと私はドイチュ教授のもとで学んだという共通のバックグラウンドをもつので、歌曲に対する考え方も共有していますね。『美しき水車屋の娘』では、主人公の感情の移り変わりを丁寧に、かつドラマティックに描き出してくれると思います。彼の声には、喜びや期待から絶望や孤独に至るまで、心の細かな動きを音楽にのせて伝える力があるのです」
今年の東京春祭には、同じくミュンヘンを中心に活躍するクリスティアン・ゲルハーヘル&ゲロルト・フーバーも登場する。大先輩であるフーバーについては、どう感じているのだろう。
「パートナーの個性を引き出し、その長所を最大限に活かすスタイルの伴奏者です。アイディアが豊かで表現力もあり、私自身もフーバーさんから学ぶことが多いですね」

東京春祭の「名物」の一つとなっている歌曲リサイタルだが、伴奏者もその魅力の一角を成すと言えるのではないだろうか。今年も、本格的な演奏が楽しめそうだ。

東京春祭 歌曲シリーズ
vol.41 マウロ・ペーター(テノール) & 村上明美(ピアノ) ライブ配信あり
2025.3/18(火)19:00 東京文化会館(小)
●曲目
シューベルト:美しき水車屋の娘 D795
●料金(税込)
¥7,000(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
vol.42 クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン) & ゲロルト・フーバー(ピアノ) I ライブ配信あり
2025.3/19(水)19:00 東京文化会館(小)
●曲目
シューマン:5つのリート op.40、リーダークライス op.39、3つの歌 op.83、ロマンスとバラード 第3集 op.53、レーナウによる6つの詩とレクイエム op.90
●料金(税込)
¥8,500(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
vol.43 クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン) & ゲロルト・フーバー(ピアノ) II ライブ配信あり
2025.3/22(土)18:00 東京文化会館(小)
●曲目
シューマン:6つの歌 op.107、ケルナーによる12の詩 op.35、3つの詩 op.119、ガイベルによる3つの詩 op.30、6つの歌 op.89、リートと歌 第4集 op.96
●料金(税込)
¥8,500(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
vol.44 アドリアナ・ゴンサレス(ソプラノ) & イニャキ・エンシーナ・オヨン(ピアノ) ライブ配信あり
2025.4/8(火)19:00 東京文化会館(小)
●曲目
R.デュソー:心が目覚めるとき op.10-2、機会 op.10-1、神託 op.2-2、さようなら op.2-1、君の涙に捧ぐ op.5-1、エレジー
H.コヴァッティ:《ダフネ》よりサアディの薔薇、酔いしれたい、うんと言ったよ
I.アルベニス:「2つの散文」より〈夕暮れ〉〈悲しみ〉、愛は多くのことのようなもの、「ベッケルの詩」より〈そよ風の口づけ〉〈広間の片隅に〉〈この胸に君が頭を傾けるとき〉、「4つの歌」より〈病と健康〉〈楽園を取り戻す〉〈後退〉
E.グラナドス:「スペインの粋な歌曲集」より悲しみにくれるマハ I~III、「愛の歌曲集」より〈泣いていたのは かの乙女〉〈泣かないで、可愛い瞳〉〈僕の恵みよ〉
F.オブラドルス:「古いスペインの歌」より〈第一弦のないギター〉〈三人のムーア娘〉〈松の森の中で〉
●料金(税込)
¥7,000(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
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TEL:03-5685-0650(オペレーター)
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