若きチェリスト岡本侑也、世界最高峰クァルテットのメンバーとしてこの春凱旋

エベーヌは「ありのままの自分で」いられる場所

 岡本侑也がエベーヌ四重奏団に加わったのは、ほんとうにうれしい驚きだ。卓越した精度をもつチェリストだし、アンサンブル能力の高さはクリスチャン・ツィメルマンとの室内楽ツアーなどでも精緻に示されてきた。しかし、弦楽四重奏団での活動は初めてのはず。それが、フランスきっての旗手たちに歓迎されて、2024年1月には正式加入が報じられた。

 「トライアルは2023年の夏から始まり、7月に初めての、10月に2回目のツアーがあって、それで決まった感じです」と岡本侑也は言う。

 「僕が初めてエベーヌを聴いたのは、ミュンヘンに留学した最初の年で、ほんとうに衝撃を受けました。和声や音程の感覚、表現もぜんぶオーガニックというのか、すごくフレキシブルで、自然で、無理しているところがない。でも、とてもインパクトがあり、表現の幅が強烈にあって、豊かで。そして、僕がすごく好きなポイントは、演奏が瑞々しかったこと。それが脳裏に焼きついていた……」

 同じ舞台で弾くことなど予想だにしていなかった。それが後に不思議な縁で結ばれた。ミュンヘンでの隣人とも親しい公演主催者の紹介、エリザベート王妃国際コンクールで岡本が第2位となったときの優勝者ヴィクトル・ジュリアン=ラフェリエールの推薦もあって、新たなチェリストを探すエベーヌは23年6月に、彼と初めての合わせの機会をもった。

 「最初のときすぐに感じたのは、みなさん素敵な方々で、すごくポジティブな雰囲気のなかで合わせが進んでいく。ぜんぜんピリつくこともなく、ほんとうに長年の友人みたいな、和気あいあいとした感じで。こういう人間的に温かい方々といっしょに仕事をすることができたら、なんてしあわせなんだろう……と思いながら、パリから帰ってきた記憶があります」と岡本は微笑む。

 「7月には彼らの十八番と言えるラヴェルを弾いたんですけれど、『いままでの本番のなかでも、かなりうまくいったほうだ』と言っていただけて、すごく嬉しかった。舞台裏に戻ったところで、『ユウヤはクァルテットが初めてなのに、なんでこんなに弾けるんだ?』って、みんなが不思議そうに振り向くので、『ありのままの自分でいて大丈夫だ』と思ったんですよね。ほんとうに最高の環境だなって」

 岡本侑也のチェロはもともと、ロマンティックなものへの憧れや興味が強く感じられるというより、ストイックなまでにコントロールされた精細な表現が卓抜だった。エベーヌに加わって、音楽家としての考えかたや感じかたに変化を覚えているところもあるだろう。

 「どうでしょう? そういう憧れが増えていくことはあるかもしれないですね。自分でもわりとストイックというか、ある意味禁欲的な演奏をしてきたと思うので。先頃30歳にもなりましたし(笑)、ミュンヘンからパリに居住環境も変わって、生活面からの影響もあるかもしれない。クァルテットに入って、空間のとりかたの意識が変わったし、音楽の視界というか見えかたが、かなり変わったとは思います」

 春が来れば、エベーヌ四重奏団はこの新たな顔ぶれで来日し、やはり当代屈指のベルチャ四重奏団との合同演奏も聴かせる。彼らは八重奏で、昨春ヨーロッパを旅し、11月にもアメリカとブラジルをツアーしてきたばかりだ。

 「ベルチャはいっぱい話し合って、音楽の筋道が通った演奏をするので、ぜんぶが理に適っている。しっかりと重心があって、たっぷりめに歌い上げるのがベルチャの良さ。エベーヌが水彩画だとしたら、ベルチャはどちらかというと油絵のようだと思いますが、いっしょに弾くと、同じ方向に向かって行って良いものが出来上がる」

 それぞれが演奏する四重奏曲に加え、メンデルスゾーンとエネスクが10代で書いた弦楽八重奏の傑作が聴けるのが、じつに興味深い。

 「メンデルスゾーンは青春時代の若々しさや抑えきれないエネルギーが溢れている。エネスクはシンフォニックだし、もっと入り組んでいて、長い迷路というか、先は見えてるんですけど、長いうねりのなかをみんなで歩いて、いろいろな世界を発見していくという感じで弾いています。どちらも弾き応えがあるし、聴き応えもきっとある。日本での再演が僕らもすごく楽しみですし、いい演奏会になると思います」

取材・文:青澤隆明
(ぶらあぼ2025年1月号より)

ベルチャ・クァルテット × エベーヌ弦楽四重奏団
2025.3/28(金)19:00 トッパンホール(完売)

問:トッパンホールチケットセンター03-5840-2222 
https://www.toppanhall.com


開館70周年記念/音楽堂ヘリテージ・コンサート
ベルチャ弦楽四重奏団 & エベーヌ弦楽四重奏団

2025.3/29(土)15:00 神奈川県立音楽堂

出演/ベルチャ弦楽四重奏団 ◎
    コリーナ・ベルチャ、カン・スヨン(以上ヴァイオリン)、
    クシシュトフ・ ホジェルスキー(ヴィオラ)、アントワーヌ・レデルラン(チェロ)
   エベーヌ弦楽四重奏団 ★
    ピエール・コロンベ、ガブリエル・ル・マガデュール(以上ヴァイオリン)、
    マリー・シレム(ヴィオラ)、岡本侑也(チェロ)
曲目/ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章 ★
   メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調 op.20
   ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第3番 ヘ長調 op.73より第3楽章 ◎
   エネスク:弦楽八重奏曲 ハ長調 op.7
問:チケットかながわ 0570-015-415
https://www.kanagawa-ongakudo.com


他公演 
2025.3/30(日) びわ湖ホール(077-523-7136)