清水靖晃(サクソフォン)

バッハの作品はアジアやアフリカ音楽にもつながる “許容量の高い”音楽なのです


 今でこそ、テレビCMなどでも耳にするほど一般的な認知度を上げた、J.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」第1番の「プレリュード」。しかしその先鞭を付けたのは、清水靖晃が演奏するテナー・サクソフォンの不思議な音だったかもしれない。
 1990年代にリリースされた『チェロ・スウィーツ1・2・3』と『チェロ・スウィーツ4・5・6』(無伴奏チェロ組曲集)は、クラシック音楽を原曲とするアレンジという枠では語りきれない新しい音響を提示し、アンテナ感度の鋭いリスナーをバッハの音楽へと近づけた。2000年に清水をリーダーとする「サキソフォネッツ」が東京・すみだトリフォニーホールでライヴを行った際には、平野公崇や田中靖人などクラシカル・サクソフォンを牽引するプレイヤーが集い、この楽器の多彩な響きと創造性をアピールした。
 清水によるバッハのプロジェクトは「ゴルトベルク変奏曲」や「フーガの技法」などにも発展したが、ひとつの枝葉である『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』がCDとしてリリースされ、東京オペラシティタケミツ・メモリアル コンサートホールで公演も行われる。言うまでもなくバッハの名作であり(清水流に言えば「代表的なヒット曲のひとつ」)、「アリア」にサンドイッチされた30の変奏から成る充実作だ。しかし清水のアレンジによるこの演奏は、単なる置き換え編曲に止まらない。
「原曲の構成は崩さず、5人のサックスと4人のコントラバスのためにアレンジしています。数年前から一緒に演奏しているプレイヤーがほとんどですから、それぞれの個性や持ち味、得意なことを想定した当て書きで各パートをアレンジしました。5人のサックス奏者それぞれが、楽器へ息を吹き込み、自分の身体と一体化して空間を鳴らしているようなイメージが近いです。『チェロ組曲』のときは一人で演奏しましたが、大谷石の石切場など豊かで独特の音響が生み出せる場所で録音しました。今回もある意味ではその延長であり、サックスという楽器に焦点を当てるのではなく、むしろその存在を忘れてオリジナルの音楽を創造するという感覚が近く、空間に音魂が飛び交っているようなイメージを目指しています」
 アレンジはすべて清水の手によるものだが、日本人の自分ができるバッハを目ざし、開き直りに近い精神でオリジナリティを追求したという。
「ひとつの宗教観などに縛られず、多神教的なところも自分たちの強みだと思いますし、日本だからこそ生み出せる『ゴルトベルク』があってもいい。以前はよく『チェロ組曲』が中野ブロードウェイ*で流れていたんですよ。チェロによる演奏ではなくテナーサックスだからこそ、そうした庶民的な空気にマッチするエレガントさが生まれるんだろうと思います。そうしたエレガンスや艶っぽさは、自分の音楽に欠かせないものですね。また『チェロ組曲』や『ゴルトベルク』の中にあるさまざまな舞曲も、サックスで演奏すると上流階級が喜ぶ優雅な音楽ではなくワールド・ミュージックとの関係が浮かび上がりますし、バルトークなどの音楽と共通点が見出せるかもしれません。僕はバッハの音楽をポリリズムやミニマル・ミュージックの面白さにつながるものだと捉えていますが、アフリカの音楽やアジアの音楽ともつながりが見えてきます。あらためて“許容量の高い”音楽だと実感できました」
 アレンジというよりも“再創造”と呼ぶべきアプローチだが、そのこだわり具合についてはCDに添付されたブックレットに詳しい。さらには5月24日に行われるコンサートでも、CDとは違ったライヴならではの音響実験が楽しめことだろう。独特な空間を感じさせる武満徹の音楽が好きだという清水だが、まさに「タケミツ」のホールで響く『ゴルトベルク』は、どのような形で聴き手を包むのだろうか。
取材・文:オヤマダアツシ 写真:中村風詩人
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年5月号から)

清水靖晃&サキソフォネッツ
ゴルトベルク・ヴァリエーションズ
5/24(日)14:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:チケットスペース03-3234-9999

『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ/清水靖晃&サキソフォネッツ』
エイベックス・クラシックス
AVCL-25869(SACDハイブリッド盤)
¥3000+税

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