挑発的で、情緒性に富み、表情豊かなダンスを 生み出しているのは、サロネンの音楽ゆえ
ヨーロッパのダンス界をリードする振付家のなかでも、いま注目なのがテロ・サーリネンだ。
コンテンポラリー・ダンスが盛んなフィンランドを代表する振付家で、スケールの大きな、エネルギッシュな振付には定評がある。小さくまとまる傾向も散見される今日のダンス界で、骨太かつ緻密な振付は魅力的だ。フィンランド国立バレエ団でソリストとして活躍した後、東洋の舞踊や武術を学び独自の舞踊表現に行き着いた。大地に根ざすような低い重心、バランスとオフ・バランスの絶妙な関係など、伸びやかな動きは劇的かつ詩的な説得力に富む。早くから舞踏が紹介されてきたフィンランド。サーリネンが振付家を目指すきっかけとなったのも、舞踏との出会いがあった。
「バレエの手法に限界を感じ、異なるダンスの知識を深めたいと感じていた頃、舞踏の舞台に出会い、衝撃を受けました。舞踏とどこかつながる不思議な感触を得て、その理由を知りたいという好奇心が日本へ、上星川の大野一雄の許へと導いてくれました」
アジアの舞踊を学ぶ修行の旅を経て、1992年に来日、一年間、大野一雄舞踏研究所で学んだ。まだ旺盛に舞踊活動を続けていた大野一雄から直接の薫陶を受けた。大野の舞踏の自在さから「形」にこだわるバレエの思考の窮屈さを知り、形から解き放たれた自由なダンスのあることに驚き、内なる本能を目覚めさせるような圧倒的な感覚を味わったという。 「大野一雄や慶人の許で西洋の理論とは異なるダンスの真実を知り、結果的にその両方から触発された。過去を振り返り、現在を味わい、未来を望むことができたのです。大野の舞踏を直に感じる事は素晴らしい体験でした。大野一雄は、現在に息づきながら、永遠の時と響きあう踊る魂を持っていたと思います」
帰国後、サーリネンはカロリン・カールソンやフィンランドのダンスに大きな影響を与えたヨルマ・ウオッティネンからも助言を受けつつ、本格的に振付家の道を歩み始めた。「春の祭典」をモティーフに情報化時代の身体を描いた秀逸なソロ『HUNT』から、戒律の厳しい清教徒シェーカー派の信徒を描き、個人と共同体、宗教と人間に関わる深いテーマに挑んだ代表作『Borrowed Light』などの秀作を次々に発表、世界的に評価が高まった。日本との関係では、昨年、埼玉県舞踊協会の委嘱に応えて日本のダンサー達のために『MESH』を振付、彩の国さいたま芸術劇場から世界へと発信した。
「日本で学んで以来、日本人ダンサーのために作品を創りたいと考えていましたから、夢がかなった。一ヶ月という短期間に新作を仕上げるのは大変な作業でしたが、創造的な集中力が持続され、満足のいく作品が生まれました」
抽象美のなかに濃密な情緒を湛えるサーリネンの作品は視覚的に美しい。周到に振付けられた強度に富む動きと洗練された照明が作り出す張りつめた美の空間は印象的だ。
「フィンランド人は自然の光に対して繊細に反応します。一年の多くを光なしで暮らし、夏になると突然、光が溢れだす。このドラマティックな変化は、アーティストに影響を与えていると思います。照明家のミッキ・クントゥとは共同作業を続けてきましたから、彼なしでの仕事はあり得ない。照明デザインに留まらず空間構築を示してくれ、それがまた僕の感性に働きかけ、創造的に触発してくれるのです」
『モーフト』は、昨年8月、ヘルシンキ・フェスティバルで初演された最新作。クントゥとの息の合ったコラボレーションが生み出す美しい舞台に男性ばかり8人のダンサーが踊るエネルギッシュな作品だ。
「変容というテーマの下で、繊細に、敏捷に、男性達が、新たな美と多様性を示して輝いています。フィンランドの指揮者であり作曲家としても著名な、エサ=ペッカ・サロネンの曲はキネティックな響きがあり、暴力的な激しさから繊細さまで振幅が大きい。挑発的で、情緒性に富み、表情豊かなダンスを生み出しているのは、サロネンの音楽ゆえと言えます」
今季は、フィンランド国立オペラのためにフィンランドの国民的伝説『カレワラ』の物語に基づいたシベリウスの「クレルヴォ交響曲」のオペラ形式上演の演出も行った。カンパニーとともに実現したサーリネンの来日公演が期待される。
取材・文:立木燁子
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年5月号から)
テロ・サーリネン・カンパニー『MORPHEDーモーフト』
6/20(土)、6/21(日)各15:00 彩の国さいたま芸術劇場
問:彩の国さいたま芸術劇場0570-064-939
http://www.saf.or.jp/