取材・文:高坂はる香
イギリス北部の街、リーズで3年に1度開催されているリーズ国際ピアノコンクール。1963年に創設され、過去の優勝者にルプーさんやペライアさん、日本人の上位入賞者には内田光子さんや小川典子さんなどがいる、伝統のある重要なコンクールです。長らく名教育者のファニー・ウォーターマンさんが審査委員長を務めてきたこのコンクールは、2018年に運営の大改革が行われ、審査員も現役演奏家を中心とした若い顔ぶれとなりました。今回は、新しくなってから3度目の開催です。
コンクールもセミファイナルまでが終了したところで、ここまでを振り返りたいと思います。
1次予選は4月のうちに、北京、ベルリン、ニューヨーク、ソウル、パリ、ウィーンの6都市でおこなわれ、これに通過した24名が、9月11~13日に行われた2次予選に参加しました。2パターンのプログラムを提出し、主催側から選択された一つを演奏するというスタイルのため、膨大なレパートリーを用意する必要があります。
2次予選は40分間にわたるリサイタル。演奏順は、コンテスタントも参加したレセプションで主催者側がくじを引いて決めていくスタイルだったそうです。
さすがリーズ、しっかりとした演奏をするピアニストばかりのなかで、まず目立ったのが、自分の主張を打ち出し、なおかつたっぷりとした音量で音楽を届けていくタイプ。カイミン・チャンさん(台湾)、Ryan Zhuさん(カナダ)、そしてモントリオールやマリア・カナルス優勝のJaedan Izik-Dzurkoさん(カナダ)などは、ホールいっぱいに音を満たす華やかなピアニストたちです。
一方で細やかな表現で印象を残したのが、Khanh Nhi Luongさん(ベトナム)や、高松やパデレフスキ優勝のフィリップ・リノフさん(ロシア)、昨年のショパン国際ピリオド楽器コンクール入賞のAngie Zhangさん(アメリカ)。
そしてさらに研ぎ澄まされた音楽で聴衆を魅了していたのが、日本の丸山凪乃さんや牛田智大さんです。
丸山凪乃さんはその小柄な体からボリュームたっぷり艶のある音を鳴らし、ベートーヴェンの「熱情ソナタ」で起伏の豊かなドラマを表現。リストのハンガリー狂詩曲第10番では、緩急自在、遊び心とシリアスさの入り混じった鮮やかな演奏で、聴衆を引き込んでいました。
牛田智大さんは吉松隆「ピアノ・フォリオ」で繊細にきらめく音を聴かせてはじめ、そのままリストのロ短調ソナタへという、コンクールという前提を超えたようなプログラム。ロ短調ソナタでは、時に追い詰められ、救われるという物語を、ダイナミックかつ丁寧に描き上げました。
そしてセミファイナルに進出したのは、こちらの10名。
Kai-Min Chang(台湾)
Xuehong Chen(中国)
Junyan Chen(中国)
Jaedan Izik-Dzurko(カナダ)
Elizaveta Kliuchereva(ロシア)
Khanh Nhi Luong(ベトナム)
Callum Mclachlan(イギリス)
Julian Treveleyan(イギリス)
Tomoharu Ushida(日本)
Ryan Zhu(カナダ)
丸山凪乃さんは、とても完成度の高い演奏をしていたというのに、次のステージに進めなかったことがとても残念でした。
1日の空き日ののちに行われたセミファイナルは、室内楽とソロによる75分以内のステージです。前述の通り、やはりここでも二つのプログラムを用意することになりますが、室内楽は、Aプログラム(ピアノ三重奏、四重奏、五重奏)または、Bプログラム(ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ)から選択する形です。共演は
KALEIDOSCOPE chamber collectiveのみなさん。
また、ソロでは規定の現代作品を取り入れることが課題となっています。
共演者の音を聴き、その場で反応する能力を求められる室内楽の課題。見るからに楽しそうにコミュニケーションをとり息のあった演奏をする人もいれば、このレベルなので合わせはうまくいっているものの、それぞれの音楽を重ねているにとどまる雰囲気の人、逆に、ピアニストが弦楽器奏者に一生懸命に顔を向けているわりに音質が馴染んでいない人や、顔を合わせないわりにうまくいっている人など、本当にさまざま。一期一会のアンサンブルという課題は興味深いものです。
例えばJunyan Chenさん(中国)は、ソロは比較的大作りな演奏という印象だった一方で、ラヴェルのトリオではとても細やかで、お互いに刺激を与え合っているような楽しそうな共演。ショスタコーヴィチのピアノ五重奏を演奏したCallum Mclachlan さん(イギリス)は、途中でチェリストの弓が壊れるハプニングがありながら、後半に進むに従い歩調が合い、ロシアの白黒映画を見ているかのような音楽を聴かせてくれました。
日本の牛田智大さんは、ソロではシューベルトが死の年に書いた最後のピアノ・ソナタ D960を演奏。この難しいレパートリーを選んだことについて「コンクールでこれを弾くのは愚かな選択だったかもしれない。だけど自分にとって避けて通ることのできない、神様からの宿題のようなもの」だと話していました。
静寂を聴かせ、繊細なピアニシモの表現に挑み、内面に向き合う密やかなシューベルト。そしてそこから、エイミー・ビーチのピアノ五重奏曲へ。まろやかな音を生かして弦楽器と音を混ぜ合わせ、たっぷりと音楽をふくらませて美しいアンサンブルを披露しました。日曜日の夜の部ということもあり、全日程の中で唯一ほぼ満席、会場の響きも変化した状態でしたが、そんな熱気あふれる会場を大いに沸かせていました。
同じ作品、共演者でも、ピアニストが変わると全く曲の印象が変わるのがおもしろいところ。
エイミー・ビーチで牛田さんが表現したのが春の鮮やかな情感だとすれば、セミファイナルの最後にやはり同じ曲を演奏したJulian Treveleyanさんの演奏は、真夏の濃厚な情感という印象。
彼はソロでもリゲティを2つのパートに分け、間にラヴェルとベートーヴェンの最後のソナタ op.111をはさむという個性的なプログラミングをしていました(音楽表現も個性的でした)。
すべての演奏が終わってから約1時間後の夜23時に、ファイナルに進む5名のピアニストが発表されました。
Kai-Min Chang(台湾)
Junyan Chen(中国)
Jaeden Izik-Dzurko(カナダ)
Khanh Nhi Luong(ベトナム)
Julian Trevelyan(イギリス)
はっきりとした主張のある演奏をする、個性的な顔ぶれ。コンチェルトでまたどんな一面を見せてくれるのか楽しみです。
そして日本から多くのみなさんも応援していたでしょう、牛田智大さん。結果発表のあと、彼に声をかける他のセミファイナリストや共演者の口から「シューベルト」という言葉が揃って聞かれていたのが印象的でした。すばらしかった、繊細な表現が記憶に残るものだったよ、と。
あれだけ集中度が高い演奏をし、聴衆からの反応も盛大だったにもかかわらず、次のステージに進むことができなかったのは残念でしたが、発表後にお話を聞いた印象からは、牛田さんがこのコンクールのために作品と音楽表現を磨き、このステージで演奏したこと自体をプラスの経験として捉えているらしいことが伝わってきました。牛田さんにとって音楽とは?と尋ねたら、「難しいですけれど、誰のために音楽をしているのかと問われたら、究極は自分のためだとは思います」とおっしゃっていたのも印象にのこります。
私の中では、お若くしてデビューした頃の聴衆をとにかく気遣う繊細な印象が残っていたので、プレッシャーで大変だったのではないかと心配していたのですが、今回のコンクール取材でその認識は見事に変わりました。もちろん応援してくれる人への想いはあるけれど、究極は自分と向き合う作業なのだという。頼もしい!
ファイナルは2日間の空き日ののち、9月20~21日、会場を隣町のブラッドフォードに移して行われます。
◎ファイナルのスケジュール
9/20(金)
Julian Trevelyan バルトーク:ピアノ協奏曲第3番 Sz.119
Kai-Min Chang ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 op.58
Junyan Chen ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番 ト短調 op.40
9/21(土)
Khanh Nhi Luong プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 op.26
Jaedan Izik-Dzurko ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op.83
Leeds International Piano Competition
https://www.leedspiano.com
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/