ファンタジーあふれる演出と鋭い演奏で掘り下げられる男女のドラマ
姉妹である婚約者の貞節を疑わない2人の青年士官は、老哲学者にけしかけられて実験をはじめた。変装し、相手を替えて口説き落とすのだ。その結果、姉妹はともにあたらしい恋人を選んでしまい・・・・・・。
《コジ・ファン・トゥッテ》は破廉恥だ、不道徳だなどといわれることもある。だが、じつは、親が決めた婚約者こそ最善だと信じていた女性たちが、自然に湧き上がる恋愛感情をはじめて経験し、それを解き放って人間として輝く姿を描いた、いわば「女性賛歌」である。東京二期会による舞台は、フランスの鬼才ロラン・ペリーのファンタジーあふれる洒脱な演出と、クリスティアン・アルミンクの切れ味いい指揮を得て、「女性の輝き」が音楽的にも演劇的にも深掘りされている。
全国4都市で上演されるが、東京公演は9月5日、6日、7日、8日。種谷典子がフィオルディリージを歌う初日組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2024.9/3 新国立劇場 オペラパレス 取材・文:香原斗志、写真提供:東京二期会 撮影:寺司正彦)
幕があがると舞台上は録音スタジオのようで、序曲が終わると録音のセッションらしきものがはじまった。オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》の収録だろうか。だが、譜面を見ながら歌っていた歌手たちは、次第に役柄そのものになっていく。録音に参加していた歌手たちが物語に取り込まれてしまったのか。それとも、録音に勤しむ歌手たちの空想が描かれているのか。いずれにせよ、視覚的にも演劇的にも洒脱な舞台をとおして、観る側の空想もかぎりなく広がる。また、後述するように、次第に深まる人物の感情に同化させられる。
最初はむしろ軽快だった。河野鉄平のドン・アルフォンソ主宰で、姉妹が貞節を守るかどうか賭けようと歌う三重唱は、糸賀修平のフェランドも、宮下嘉彦のグリエルモも、ともに端正な歌唱を聴かせた。それに続く、種谷典子のフィオルディリージと藤井麻美のドラベッラによる二重唱も、軽やかで美しい。ソリストの力を反映して、アンサンブルも洗練されている。
ただし、指揮者と演出家が意識的に実践しているのだと思うが、最初はあえて穏やかなのだ。
アルミンク指揮の新日本フィルハーモニー管弦楽団が、歌と一体化してやわらかさを打ち出しつつ、感情の細かい機微を強調するように、時おり鋭くエッジを立てる。そのあたり、第2幕に起きるなにかを予感させた。一方、九嶋香奈枝が歌うデスピーナの2つのアリアなどは、そもそも明快な音楽を快活に聴かせ、そのメリハリの効果で、本筋のドラマが次第に緊迫感を増してくる。
第2幕のドラベッラとグリエルモの二重唱あたりから、演奏は明らかに濃厚になった。歌唱も管弦楽も甘さを強調し、すっかり恋人同士になった2人がみずからを祝福しているようだ。録音スタジオのセットも、状況に応じて変化を続ける。
こうして局面が大きく変わったところで、フィオルディリージが婚約者を思いながら、あたらしい男性へのよこしまな欲望が目覚めたことを歌う。その舞台が心憎い。暗いなかスポットライトが当たった状態で歌いはじめるが、その空間には出口がない。閉じこめられて元の恋人のもとに逃げることもできない。彼女の心中が見事に表現された空間で、種谷はこの至難のロンドを、声をしっかり制御してじつに表現力豊かに歌った。
恋人のドラベッラが「陥落」したと知ったフェランドのアリアが、フィオルディリージのロンドとちょうど対になっている。糸賀修平は輝かしい響きとソットヴォーチェを織り交ぜながら、フェランドの感情を見事に表現した。
このあたりでは管弦楽も、彼らの心情に寄り添うように雄弁になっている。見事なドラマの組立である。そして、ついにフィオルディリージがフェランドに口説き落とされる二重唱の甘美なこと。モーツァルトはこのクライマックスに、美しすぎる音楽を書いている。そこに響く2人の声は、抑えられない感情そのもののように、強い輝きが美しい弱音をともなって表現された。
それだけに、すべてが暴露された結末は寒々とせざるをえないが、それもふくめ、演出と管弦楽と歌唱が見事に一体となって、心の変遷を力強いドラマとして描いていた。一見、荒唐無稽な筋書きのなかに、どれほど真実の感情があふれているか、深く伝えてくれる舞台だった。
Information
シャンゼリゼ劇場、カーン劇場、パシフィック・オペラ・ヴィクトリアとの共同制作
東京二期会オペラ劇場《コジ・ファン・トゥッテ》新制作
2024.9/5(木)18:00、9/6(金)14:00、9/7(土)14:00、9/8(日)14:00
新国立劇場 オペラパレス
指揮:クリスティアン・アルミンク
演出・衣裳:ロラン・ペリー
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
出演
フィオルディリージ:種谷典子(9/5, 9/7) 吉田珠代(9/6, 9/8)
ドラベッラ:藤井麻美(9/5, 9/7) 小泉詠子(9/6, 9/8)
グリエルモ:宮下嘉彦(9/5, 9/7) 小林啓倫(9/6, 9/8)
フェランド:糸賀修平(9/5, 9/7) 金山京介(9/6, 9/8)
デスピーナ:九嶋香奈枝(9/5, 9/7) 七澤結(9/6, 9/8)
ドン・アルフォンソ:河野鉄平(9/5, 9/7) 黒田博(9/6, 9/8)
合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
問:二期会チケットセンター03-3796-1831
https://nikikai.jp
※三重、岡山、山形でも公演あり。各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。