小菅 優(ピアノ)

各々の作曲家の個性と共通点を追求したい

©Takehiro Goto

 日独を拠点に活躍する実力派ピアニスト・小菅優は、2023年3月から全5回の「ソナタ・シリーズ」を開始。今年10月にvol.3「愛・変容」と銘打った公演を行う。当シリーズは、多彩な内容の「Four Elements」(17年から全4回)に続く企画だ。

 「『Four Elements』が冒険的な企画だったので、今度はレパートリーの中心である独墺の古典派やロマン派に戻ろうと思いました。そしてシューベルトの最後のソナタ第21番を弾きたいとの思いが強かったので、『ソナタ』をテーマにしようと。取り上げるのは作曲家が『ソナタ』として書いた作品。バロックから現代まで様々な作曲家が書いたソナタは、形式的な作品から自由な発想の作品へと広がっています。そこでvol.1『開花』は20歳前の曲、vol.2『夢・幻想』は幻想をテーマにした曲、vol.3『愛・変容』、vol.4『神秘・魅惑』に続くvol.5『黄昏』は晩年の曲で構成しました」

 今回のvol.3とvol.4は対になっている。

 「『愛・変容』は人間の白い部分で、『神秘・魅惑』は黒い部分。また『変容』は変奏曲が入っている曲、『神秘』は単一楽章の曲です。そして今回の『愛』は、恋愛感情だけでなく、ベートーヴェンが語った『よき人間の精神』、すなわち『人間愛』を表しています」

 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番、矢代秋雄のソナタ、シューマンのソナタ第3番が並ぶ本演目には、これが反映されている。

 「ベートーヴェンの30番は、お世話になっているブレンターノ家のお嬢さんのために書いた、『人間愛』がよくわかる作品。矢代秋雄のソナタは、彼自身『ベートーヴェンの30番に精神的な影響を受けている』と書いていますし、“最後は愛に辿り着く”ように感じます。『変容』という意味でも、両曲には1つのことから脱皮し変身していく側面があると思うので、今回は組み合わせて演奏することを重視しました。シューマンの3番は、クララに会えなかった時期に書かれた、心の叫びともいえる作品で、クララが書いたテーマが再三登場します。しかも曲自体が変容していて、最初は1836年に『管弦楽なしの協奏曲』と題した3楽章作品として出版され、1853年にスケルツォが加えられましたが、今回はもう1つ残されたスケルツォと、クララのテーマの変奏である第3楽章で使われなかった2つの変奏も加えた5楽章+αの形で演奏したいと思っています」

 むろん曲ごとの特徴や共通点もある。

 「ベートーヴェンの30番の特徴は晩年ならではの“究極の内面性”。しかも“愛の結晶”が凝縮されています。矢代さんは知性と歌心を併せ持った方で、ソナタには美しく繊細な面が表れていますし、奥深くに『美しいものを信じる』というベートーヴェンとの共通性が感じられます。シューマンの3番は迸る感情。しかし物凄い情熱の中に繊細さがふっと現れます。また『変容』の意味では、1つのモティーフが変化し凝縮されていく変奏のプロセスが注目点。とにかくどの曲もパッショネイトな上に、精神面と感情面のバランスが絶妙です」

 こうした思いが込められた本公演が実に楽しみだ。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2024年9月号より)

小菅 優 “ソナタ・シリーズ” vol.3 「愛・変容」
2024.10/8(火)19:00 紀尾井ホール
問:カジモト・イープラス050-3185-6728
https://www.kajimotomusic.com