村上淳一郎(ヴィオラ)

神秘的で“間(あいだ)”の世界
——ヴィオラ・サウンドに包まれる新シリーズ

 日本のオーケストラのヴィオラ・セクションが熱い。各オーケストラに名物・人気奏者が在籍し、表現の水準は高い。ことに特別な存在感を放っているのが、2021年からNHK交響楽団の首席奏者を務める村上淳一郎。2009年から21年までドイツ屈指の楽団、ケルン放送交響楽団でソロヴィオリストを務めた達人で、卓越した力量と日本人離れしたパフォーマンスでN響新時代を象徴する存在のひとりである。

 村上は14歳でヴィオラの店村眞積にヴァイオリンで師事。ヴィオラに転向したのは桐朋学園大学在学中。卒業後はイタリアに留学して活動を展開。「イタリアは性に合っていて大好き」で7年ほど過ごしたが、ケルン放送響オーディション合格という転機が訪れ、ドイツに。「ドイツ語も知人もゼロ状態から始めて、食べ物も演奏の仕方も全然違いましたが、結局ドイツも本当に楽しかった(笑)」。そして、対照的な二国の経験は大きかったと振り返る。

「オペラの国イタリアはメロディが神様。他パートはメロディが歌いやすいように弾くことを目指します。ドイツはメロディに完全に沿うというよりは、メロディ、中音域、低音パート、と各自の特性を明確にしながらも一緒にやるという感覚で、音楽が立体的になります。最初は少し鈍いなあと感じましたが、実はそれが彼らの言語感覚で、自然にそうなるんですね」

 ドイツに居続けるつもりだったが、21年にN響首席に就任して日本に帰国。

 「欧州では人種が混ざり、背景が違う人たちが集い、弾き方も表現方法も様々で、そのごった煮具合がヨーロッパ文化の魅力だと思います。対して日本文化は、無駄をなるべく削ぎ落として真髄に至るという、正反対とも取れる精神性があります。お寿司や俳句もそうですね。僕はその精神性を深く愛していますが、ヨーロッパの音楽をするときには、彼らの様に『個が粒立った集団』であることは大事だと考えます」

 ヴィオラという楽器の魅力について、村上は「間(あいだ)の世界」と表現する。

 「夜が明けるときの夜でも朝でもないような“間(あいだ)の世界”が好きです。間とか際(きわ)の独特の魅力は、ヴィオラの音の特徴とも直結するものです。多くの作曲家も人生の終わりという“際”が近づくとヴィオラ作品を書いています」

 その思いを形にするべく新しい仲間たちと開始するのが、秋にHakuju Hallで開催される「ヴィオラ・コレクション」である。

 「1回目は“純度100%”、ヴィオラ4人のみです。楽器の個体差が大きく多様で、四重奏は想像以上の多彩さ、迫力があると思います。ヴァイオリンやチェロの生命力にあふれた音とも違う、ヴィオラの神秘的で中性的な響きが、聴く人の細胞にしみわたるようなサウンドを作りたい」

左より:安達真理 (C)Itaru Hirama、中恵菜(C) Junichiro Matsuo、山本周 (C)T. Tairadate

 出演はヴィオラファンにとっては垂涎のメンバー。すでに第一線で活躍する人気奏者の安達真理、中恵菜に、レグルス・クァルテット等で注目を浴びる期待の俊英・山本周とそろい、「すばらしい演奏家ばかりです」と村上も自信を示す。

 プログラムにも村上のこだわりが表れている。「編曲が本当にすばらしく、世界中で弾かれている」という野平一郎編曲のJ.S.バッハ「シャコンヌ」と、自身もヴィオラを弾いていたブリッジの名品「2つのヴィオラのためのラメント」。モーツァルト《魔笛》や、林そよか編曲の「映画音楽集」は、ヴィオラ四重奏のエンターテインメント性を存分に楽しめるはず。バルトークの「44の二重奏曲」には「元はヴァイオリン曲ですが、ヴィオラで弾くと全く別の質感、色合いになります。バルトークは農村に伝わる民謡にこそ、人生の悲哀、自然への賛歌等の、人間の営みが詰まっていると考えました。その深淵に向かうような精神性とヴィオラの音がとても合うんです」と思い入れが深い。

 実は村上は、このシリーズを通して、もう一つのテーマを考えている。

 「ヨーロッパで常に感じていたのは、“音楽は文化である”ということです。音楽家も聴衆も皆、作曲家と同時代の文学や絵画に深く精通し、音楽・美術・文学・政治、人々のメンタリティ、風習や習慣など文化全般を、横のつながりで驚くほど把握している。ときにその根拠の上に『だからここはUp bowで弾く』と具体的な奏法アイディアにまでたどり着く。ヨーロッパではこどもの頃から音楽史に世界史を絡めて勉強するし、多言語を習得するので、それらは言わば標準装備です。文化として総合的に理解を深めて、次世代に繋げていく、という意思がとても強くあります。僕たちも、これらの要素を学んで、自らに取り込める機会があれば、演奏家も聴衆も一緒になって、この素晴らしい文化をさらに味わい楽しめると思います。このシリーズは今後、ヴィオラという楽器を中心に、こういう試みを考えています。ぜひ楽しみにしてください!」

 ゆくゆくは楽器の種類やプログラムの幅を広げて、文化全般への理解にもつながる企画をも見据えるシリーズ。まずは11月、村上ら最高のヴィオラの名手たちの響きに包まれて、間(あいだ)の世界の魅力を満喫したい。
取材・文:林 昌英
(ぶらあぼ2024年9月号の拡大版)

ヴィオラ・コレクション
2024.11/21(木)19:00 Hakuju Hall
問:Hakuju Hall チケットセンター03-5478-8700
https://hakujuhall.jp