今年で48回目を迎えたピティナ・ピアノコンペティション(主催:全日本ピアノ指導者協会)の最上位にあたる特級ファイナルの審査が、8月21日サントリーホール 大ホールで行われた。会場には1600人以上のピアノファン、学習者が詰めかけ、活気あふれる雰囲気に包まれた。角田鋼亮指揮の東京フィルとの共演で、4人のファイナリストがそれぞれ異なる作曲家の協奏曲を披露。大舞台でそれぞれに持ち味を十分に発揮し、聴衆から惜しみない拍手がおくられていた。特級の最終結果は以下の通り。
◎ピティナ・ピアノコンペティション特級(曲目はファイナルでの演奏曲)
グランプリ 南杏佳 Kyoka Minami ボストン音楽院Graduate Performance Diploma修了/大阪府出身
(チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 op.23)
銀賞 山本悠流 Yuri Yamamoto 東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程/神奈川県出身
(ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調 op.30)
銅賞 塩﨑基央 Motochika Shiozaki 東京音楽大学ピアノ演奏家コース4年/群馬県出身
(ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 op.73 「皇帝」)
入選 大山桃暖 Modan Oyama 大阪音楽大学1年/大阪府出身
(プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 op.26)
聴衆賞 第1位 南杏佳
オンライン聴衆賞 第1位 塩﨑基央
塩﨑基央 大山桃暖
グランプリを獲得した南杏佳は、1998年1月滋賀県野洲市生まれの26歳。4歳の頃に家族とともにボストンに移り、4年半ほどを過ごした。帰国後は大阪で育ち、大阪府立夕陽丘高等学校を卒業。昨年グランプリの鈴木愛美とは高校の先輩・後輩の間柄だという。京都市芸術大学を経て、ボストン音楽院に留学。幼少期からピティナ・ピアノコンペティションのさまざまな級に参加し、特級には2020年以来、実に5回目の挑戦で、グランプリを受賞することとなった。この日のステージでは、自身「オーケストラとの共演では2回目」というチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏。ヴィルトゥオジティと繊細な表現が共に要求される作品だが、幅広いダイナミクス、細やかな陰影をもって弾き進め、聴衆を魅了。ファイナルの来場者の投票による聴衆賞でも、第1位を獲得した。
表彰式終了後に行われたプレス向けの記者会見では、率直に感想を語ってくれた。
「セミファイナルが18日で、ラウンドが進むにつれて期間は短くなっていくにもかかわらず、準備すべき曲は増えていくので、計画を立てながら練習するのは大変でした。昨夜、ゲネプロがあったのですが、自分が思っているように行かず大号泣。でも、ピアノや音楽が好きで続けてきたことを思い出し、『やるべきことは変わらない、ステージを楽しもう』と吹っ切れました。コンチェルトはオーケストラの方々が音楽を進めてくださるので、そこにより掛かるような感じで演奏することができました」
現在も拠点とするボストンへの留学を決めたのは、幼少期を同地で過ごした経験もさることながら、2013年にピティナ・ピアノコンペティションF級全国大会に出場した際に、当時ボストン音楽院に在籍していた浦山瑠衣(その年の特級グランプリを獲得)の演奏を聴き、憧れを抱いたことが大きなきっかけとなったという。
現在、4年目となるボストンでの生活では、一緒に勉強している仲間たちとの切磋琢磨が、自身の成長の大きなきっかけになっていると語る。また、この日もステージを見守った幼少期からの師、クラウディオ・ソアレス氏らからは、さまざまなことを学んだという。
「日本のホールはアコースティックで、響きを重視して造られていますが、アメリカのホールはドライな響き。ある程度のダイナミクスが要求されます。しばらくアメリカのホールの響きに慣れてしまっていたので、今回、1次予選から(空間における)響きを調整するのに苦労しました。逆にアメリカではホールの後ろまで音が届かないということもあるので、ソアレス先生からは楽器の扱い方、体の使い方を徹底的にご指導いただきました。(ボストンで師事している)マックス・レヴィンソン先生からは、楽器の構造を理解したうえで、どのポイントに向けて鳴らすかを意識していくことを学びました」
セミファイナルで演奏したムソルグスキー「展覧会の絵」では、起伏に富んだ楽曲構成のなかで、セクションごとのキャラクターを自在にコントロールしていく姿が印象的だったが、そうした海外のさまざまな状況下での経験が、今回のグランプリへと結実したようにも感じられた。
これまでに角野隼斗、亀井聖矢などさまざまな人材を世に送りだしてきた当コンペティションだが、今年の特級には、前年比126%となる130名の応募があったという。若手ピアニストの活躍で活況を呈する昨今の日本の音楽界だが、今年のグランプリ南をはじめ、上位入賞者たちの今後の活躍に期待したい。
取材・文:編集部