いよいよ「セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)」が始まった。主(あるじ)がいなくなってはじめてとなるこの夏の松本に、関係者はどんな心持ちで臨んでいるのか。サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)や水戸室内管弦楽団でコンサートマスターを務め、長年にわたり間近で小澤の一挙手一投足を見つめてきた豊嶋泰嗣に、開幕直前に話を聞いた。
取材・文:山崎浩太郎
――小澤征爾さんが亡くなられて最初のセイジ・オザワ松本フェスティバルとなります。あらためて小澤さんの存在を感じられることはありますか。
豊嶋 小澤さんがOMFで指揮できなくなって数年が経っていますので、その意味では、状況はそんなに変わらないと思います。何年か前から、松本にいらっしゃれない時期も、みんなの心の中に小澤さんはずっといる。亡くなられても、松本に行けば小澤さんの魂はそこにある。それは、この先もずっと変わらないように思います。
——松本での小澤さんについて、特別な思い出はありますか。
豊嶋 すべてがよい思い出で、どれか一つということはできないんですが、奥志賀の勉強会(小澤国際室内楽アカデミー奥志賀)に小澤さんも来て、学生と一緒に音楽をやったりした流れで松本へ行ったのが、すごく思い出深いです。初期には、温泉でのパーティーや野球大会など、音楽以外の場でリラックスした小澤さんとのつきあいができたのも、松本ならではでした。それまではどうしても、職場でのつきあいだけみたいな感じでしたから。
――1989年のヨーロッパ・ツアーで初めてサイトウ・キネン・オーケストラに参加されたそうですが、当時は齋藤秀雄さんの弟子たちが中心だったのですね。
豊嶋 最初の頃は齋藤先生を知らないメンバーはほぼいなくて、僕が最年少ぐらいでした。でも桐朋学園で習うことは齋藤先生のころからずっと同じで、伝統のようなものがありましたから、齋藤先生のお弟子さんだった先輩たちの話とか、練習の仕方とか、とても勉強になることが多かったですね。小澤さんもたぶん、ご自身と同世代の齋藤先生のお弟子さんたちから、学ぶことはたくさんあったと思います。小澤さん自身が原点に帰って、またそこから学ぶという姿勢が、初期には強かったと思います。
特にサイトウ・キネンでは、音楽家への仲間意識が、(もちろん信頼関係があってのことだと思いますが)非常に大きかったように思います。小澤さん世代の指揮者には、オーケストラを押さえつけるような古いタイプもまだ残っていました。小澤さんのようなやりかたを若い頃から貫いていたのは、すごいことだと思います。
――そこから、だんだん齋藤秀雄さんを知らない世代が増えた。変わっていったものはありましたか。
豊嶋 実は、変化が現れるのはこの先かなと思っているんです。これまでは、齋藤先生時代のピリピリした怖さを知らない世代が増えたことで、いい意味でもう少しオープンになるというか、いろいろなところでそれぞれが勉強してきたことを持ち寄るようなスタイルになっていた。さらに今はもう、小澤さんの指揮をほとんど知らない世代が入ってきています。そこに僕らが感じてやってきたものがどう伝わっていくかは、この先である程度見えてくる気がします。それはそれで楽しみなんです。
――昨年の音楽祭では、若い世代もコンサートマスターに起用されていましたね。
豊嶋 小澤さんが生きておられるうちにやれて、よかったなと思っています。ただ、腕が達者なら誰でもいいわけではないので、そこは慎重にならないといけません。こういう特殊な歴史を持ったオーケストラの一員として演奏するときには、他とは違うテイストを感じとって吸収できる人、自分にフィードバックできる人でないとダメですから、そうした感性が重要視される部分があります。若い世代はさまざまな情報に恵まれすぎているだけに難しいところもありますが、しかるべき人が出てくるだろうと思っています。
――OMFがそうした音楽家のつどう場所であり続けなければいけないですね。
豊嶋 そうですね。そういう人を僕らがちゃんとアンテナを張って探していかないといけません。
――さて、今年は指揮者として、沖澤のどかさんとアンドリス・ネルソンスさんが登場しますね。
豊嶋 僕は沖澤さんと一緒に仕事をしたことがなくて、今回が初めてなんです。だから、先入観なしに今回は楽しもうと思っています。ネルソンスさんは、言葉で説明するより棒で表現する。オーケストラを信頼して一緒に作っていく感じで、出てきた音楽を最大限に生かす。それで僕らも安心して弾けたのだろうけれど、不思議な、今ではむしろ新鮮なタイプの指揮者ですね。
――ネルソンスさんとはブラームスの交響曲全曲ですね。
豊嶋 サイトウ・キネンでは昔、1年に1曲で4年かけて演奏しましたから、2回で全部というのは、ほんとうにびっくりです(笑)。
そのなかで、第4番のシンフォニーは晩年の小澤さんが振ろうとして、最後までできなかった曲です。他の曲に何回も変更しなければならなかったんです。そういう、ある種の怨念を背負わされている曲をやらなければいけないというのはプレッシャーですが、だからこそ、そこに小澤さんの魂が宿るかもしれない。ぜひ楽しみに聴いていただけたらと思います。
〈編集後記〉
SKOはもちろん、水戸室内管や新日本フィルも含め、小澤さんとの思い出は尽きないと語る豊嶋さんですが、「あまりオフィシャルで言えないようなことが多い」そう。また、小澤さんは「純粋に演奏を聴いて楽しむということができない人で、常に自分がやる側だった」といいます。室内楽の演奏会にやって来て、客席でスコアにかじりつきながら聴いているので、演奏しているほうはたまったもんじゃなかったとか。これからのSKOについては、小澤さんから学んだことを継承していくには「いろんな世代がバランスよくミックスしているのが重要かな」とのこと。音楽において本当に大事なことは口で説明して答えを得られるものではなく、若い世代には「一緒に弾くことで感じ取ったり、自分から盗みに行ってほしい」とアドバイスを送っていました。(編集部)
豊嶋泰嗣(ヴァイオリン)
桐朋学園女子高等学校、桐朋学園で江藤俊哉、アンジェラの両氏に師事。在学中よりヴァイオリン、ヴィオラ奏者としてソリスト、室内楽、コンサートマスターとして演奏活動を始める。
86年、大学卒業と同時に22歳で新日本フィルのコンサートマスターに就任し楽壇デビュー。現在は新日本フィルの桂冠名誉コンサートマスター、九州交響楽団の桂冠コンサートマスター、兵庫県立芸術文化センター管弦楽団のコンサートマスター、京都市交響楽団の特別名誉友情コンサートマスターをつとめている。
指揮者・小澤征爾との30年に渡る信頼関係から、サイトウ・キネン・オーケストラや水戸室内管でもコンサートマスターを務めている。
また、近年ではコルンゴルト、三善晃、バルトークなど、近現代の協奏曲のソリストとしてもオーケストラの定期演奏会に出演。16年のデビュー30周年にはチェンバロの中野振一郎とバロックのレパートリーによる演奏会を開催して好評を博した。また17年と18年の2年に渡りモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全曲演奏を指揮者無しの弾き振りで大阪交響楽団と共演。その演奏はライブレコーディングでCD化されている。さらに19年には結成20周年を迎えたアルティ弦楽四重奏団の演奏会や、ピアノフォルテと演奏したベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全曲演奏など、関西を拠点にした新たな活動に注目が集まっている。19年11月にはバッハのヴァイオリン全作品を3回に分けて演奏するコンサートを京都で開催し、その成果により第29回青山音楽賞 青山賞を受賞した。また、京都市立芸術大学、小澤征爾音楽塾、アルカスSASEBOのジュニアオーケストラの指導など、教育活動にも力を入れている。
CDはポニーキャニオンやオクタビアレコードからリリース。室内楽のCDも海外レーベルも含め多数リリースされている。
91年村松賞、第1回出光音楽賞、92年芸術選奨文部大臣新人賞受賞。平成25年度兵庫県文化賞受賞。第42回京都府文化賞功労賞受賞。京都市立芸術大学教授、桐朋学園大学および大学院講師。
【Information】
2024セイジ・オザワ 松本フェスティバル
2024.8/9(金)~9/4(水) キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)、まつもと市民芸術館、松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール) 他
●オーケストラ コンサート Aプログラム
2024.8/10(土)、8/11(日)各日15:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
●オーケストラ コンサート Bプログラム
8/16(金)19:00、8/17(土)15:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
●オーケストラ コンサート Cプログラム
8/21(水)19:00、8/22(木)16:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
●OMFオペラ プッチーニ:《ジャンニ・スキッキ》
8/25(日)15:00 まつもと市民芸術館・主ホール
●ふれあいコンサート
I. 8/12(月・休)15:00
II. 8/18(日)15:00
III. 8/24(土)15:00
松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)
●OMF室内楽勉強会~木管アンサンブル~
8/9(金)15:00 松本市あがたの森文化会館 講堂
問:セイジ・オザワ 松本フェスティバル実行委員会0263-39-0001
https://www.ozawa-festival.com