ボレロの創作秘話から、“人間”ラヴェルの深層に迫る

映画『ボレロ 永遠の旋律』が全国公開中!

 モーリス・ラヴェル「ボレロ」の誕生にまつわるストーリーを描いた映画『ボレロ 永遠の旋律』が、8月9日よりTOHOシネマズ シャンテほかで全国公開されている。
 
 執拗なスネアドラムのリズムに乗って、わずか2つの旋律が繰り返されるという特異な構成、聴き終わったあともずっと聴き手を惹きつけて離さないクラシック音楽きっての傑作。エンドクレジットによれば、世界のどこかで15分に1回演奏されているというが、あの名作はどのように誕生したのだろうか。監督は、ココ・シャネルの伝記映画でも知られる、ルクセンブルク出身のアンヌ・フォンテーヌ。音楽評論家マルセル・マルナによる評伝(1986)を原案として、ラヴェル自身の資質や性格、彼が取り憑かれた感情などが、いかにしてボレロの創作へとつながっていったのかが描かれる。主演は『黒いスーツを着た男』(2012)などで知られるラファエル・ペルソナ。

 当時、パリの芸術界隈を席巻していたバレエ・リュスを離れ、自らバレエ・カンパニーを結成したダンサー兼振付師のイダ・ルビンシュタインが、ラヴェルに新作バレエの音楽を依頼したのは1927年。当初、アルベニスの「イベリア」を編曲することを考えていたラヴェルだったが、権利がすでに他の人の手に渡っていることが判明し、自ら新しい音楽を書くことになる。スランプに苦しみながらも書き上げ、1928年11月のオペラ座ガルニエでの初演を迎える。イダが創作した振付は、作曲家の想いとは異なる官能の世界で、初演は大成功に終わるが、創作の過程での困難や葛藤は、彼の精神にも大きな影響を来たすことになる。

 ボレロが作られる過程で、本作のストーリーの中心に置かれるのは、彼を取り巻く女性たちとの関係だ。イダのほかに、「ラ・ヴァルス」を献呈した相手であるミシア・セール(ドリヤ・ティリエ)とのもどかしい関係、信頼関係で結ばれていたピアニストのマルグリット・ロン(エマニュエル・ドゥヴォス)、そしてフラッシュバックするのは在りし日の最愛の母(アンヌ・アルヴァロ)。生涯独身を貫いたラヴェルをフォンテーヌ監督はアセクシュアルとして設定しているが、彼女たちとのシーンが積み重なるように紡がれ、主人公の心の内、芸術家としての苦悩が繊細に描かれていく。

 「ボレロ」以外にも、多くのラヴェルの作品を映画のなかで聴くことができる。オーケストラ作品の演奏は、ディルク・ブロッセ指揮ブリュッセル・フィルハーモニック。「亡き王女のためのパヴァーヌ」「道化師の朝の歌」などピアノの演奏シーンは、アレクサンドル・タローの演奏(前者は、俳優のペルソナ自身が演奏した部分も!)。タローは、演奏時の手元を演じたほか、嫌味な音楽評論家ラロ役で俳優としても出演しており、その多才ぶりは一見の価値あり。パリ郊外のモンフォール=ラモリーにあるラヴェルが晩年暮らした家(現在は「モーリス・ラヴェル博物館」となっている)での撮影シーンもあり、音楽ファンには楽しめるポイントが多い。

 中盤の「ボレロ」演奏シーンでは、ベルギーの振付師ミシェール・アン・デ・メイの振付を、イダ役のジャンヌ・バリバールが自ら代役なしで踊って見事な官能性を発揮している。また、エンディングでは、パリ・オペラ座の元エトワール、フランソワ・アリュがの踊るのも大きな見どころ。

 自らが生み出した作品に飲み込まれそうになっていく音楽家の姿を丹念に描いていく本作。人間の抱えるトラウマ、哀しみ、孤独といった感情が、芸術においていかにインスピレーションの源泉となり得るのか。映画で描かれる人間ラヴェル、そして生命力あふれるエネルギーに満ちたあの15分間の音楽が、私たちにそのことを教えてくれる。
(文:編集部)

写真クレジット:© 2023 CINÉ-@ – CINÉFRANCE STUDIOS – F COMME FILM – SND – FRANCE 2 CINÉMA – ARTÉMIS PRODUCTIONS


映画『ボレロ 永遠の旋律』公式サイト(GAGA)
https://gaga.ne.jp/bolero/