サルヴァトーレ・シャリーノ(作曲)

エルザにフォーカスした独創的な《ローエングリン》

foto Luca Carrà, ©RaiTrade

 現代イタリアを代表する作曲家サルヴァトーレ・シャリーノ(1947年パレルモ生まれ)が1984年に完成したモノオペラ《ローエングリン》が、40年後の2024年10月5日&6日、神奈川県民ホールの「開館50周年記念オペラシリーズ」Vol.2として、同ホールで日本初演される。作曲者自身による台本を日本語に変換、唯一の登場人物であるエルザを女優の橋本愛が演じる。指揮を担う杉山洋一はミラノ在住の作曲家でもある。シャリーノとは個人的に親しく、私たちの質問への回答を直接、ご本人から聞き出してくれた。

 最初はもちろん、ワーグナーの有名な同名オペラとの関係を尋ねた。

 「ちょっと穿っているというか、冷やかし程度でしかワーグナーには踏み込んでいません。悪い意味ではなくワーグナーを変容させてみたという感じ、つまりパロディですね。この古来の民話の登場人物、主人公のエルザは非常に神経質な人間です。自分自身や他人の犠牲者であり、ひどい精神錯乱に苦しんでいます。現実との境界がとてもあいまいになって、オペラとしてどうしても明快に定義しきれない部分が残ります。彼女が生きていると信じているのは自らの幻想が産みだした世界であり、この作品はそこで展開されるお芝居、ドラマトゥルギーだからです。

 彼女の中で人格が分離を起こすのと同時に、わたしたち自身も一気にからめ取られてしまいます。幻影の世界の言葉、実は、(台本の元となった)ラフォルグの原作がすでにそう作られています。約40ページと短編小説にしてはかなり長いラフォルグのテキストを2ページと最小限の規模に縮め、彼女と彼女以外の人物の間でどうしても必要な対話、対立する対話のみにしました。『彼女以外の登場人物』とは彼女自身であり、文字通りの二重写しなのですから。こうして非常に独特な舞台様式が生まれました」

 いかに《ローエングリン》という語感が一般に浸透していたとしても「現代の音楽劇がオペラハウスの定番となるのは難しいのではないか?」とも尋ねてみた。

 「どんな作品でも、すぐにレパートリーに入るものではありません。ベルクの《ヴォツェック》にしても時々しか上演されませんから、レパートリーに入ったとはいえません。メシアンの《アッシジの聖フランチェスコ》の上演頻度は、もっと稀です。成功というのは時として自分自身を堕落させるものだと思います。大成功による金銭の恩恵は喜んで受け入れますが、私は未知の世界を発見するため作曲をし、今まで知らなかった方法で自分自身を探求するために曲を書くのであり、成功のためではありません。

 私は成功を夢見て故郷を後にしたのではありません。慎ましさや質素さの奥に豊かさ、趣などを見出す松尾芭蕉の姿を、自分の手本としてきました」

 日本初演への期待、日本の観客へのメッセージも聞いた。

 「一番楽しみにしているのは何を隠そう、この私自身ですよ! 日本での上演に興味を覚えるだけでなく、私の《ローエングリン》が日本語で語られるというのが一体どういう体験なのか、とても興味をそそられます。学びの機会、そして発見の機会、とても強烈で重要な発見をもたらしてくれるはずです。

 このオペラには私が常日頃から身近に感じている、日本的な細やかさや感性のようなものが含まれていると考えます。日本人は西欧の観客に比べ、ずっと繊細です。その繊細さに対する私の親近感がうまく働いて、成功に導いてほしいと願っています」
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2024年8月号より)

神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズVol.2
サルヴァトーレ・シャリーノ作曲《ローエングリン》
2024.10/5(土)17:00、10/6(日)14:00 神奈川県民ホール
問:チケットかながわ0570-015-415
https://www.kanagawa-kenminhall.com/lohengrin/