冨田一樹プロデュース バッハ・オルガン音楽の美学を巡る vol.3
巧みな演奏効果を目指して~中期

若き大器がバッハの野心あふれる作品群で魅せるシリーズ集大成

文:笹田和人

 2016年にドイツ・ライプツィヒで開かれた第20回バッハ国際コンクールのオルガン部門で日本人初の第1位となり、大阪を拠点に活躍を続けるオルガニスト、冨田一樹プロデュースによる住友生命いずみホールの「バッハ・オルガン音楽の美学を巡る」シリーズ。若き名匠がフランス・ケーニヒ社製のオルガンを用いて、大作曲家が生涯にわたって書き続けたオルガン音楽の真髄を時代別に俯瞰し、鮮烈な“現代のバッハ像”を呈示してきたステージが、いよいよ大団円へ。最終回は「巧みな演奏効果を目指して」と題し、最も野心的で豊穣な傑作群が生み出された、ヴァイマール時代からケーテン時代にかけて、バッハが主に30代だった「中期」にスポットを当てる。

冨田一樹 ©樋川智昭

 冨田は大阪音楽大学オルガン専攻を首席で卒業後、同大学音楽専攻科オルガン専攻を修了し、さらにリューベック音楽大学大学院オルガン科修士課程を最高得点で修了。バッハ国際コンクールを制して以降、バロック音楽を主レパートリーとして、国内外で数多くの演奏会に出演。こうした演奏活動の一方、動画サイトでパイプオルガンを紹介するなど、啓蒙活動にも力を注いでいる。2016年12月には、ドキュメンタリー番組『情熱大陸』に出演、こうした活動が紹介された。

 「バッハ・オルガン音楽の美学を巡る」シリーズは、冨田がオルガニストを志したきっかけであり、「最も尊敬する作曲家」と位置付けるバッハのオルガン作品を初期・中期・円熟期に分け、3年にわたる全3回で特集。フランスの楽器でバッハを弾くことについては「繊細で美しい音が印象的ですが、ゴリゴリとした荒々しい一面もあり、魅力的な楽器。今までにない繊細なバッハの音色が聴けるのではないか」と期待を寄せていた冨田。しかし、年代順ではなく、第1回でフーガを中心とした円熟期、第2回で実験精神に満ちた初期の作品を取り上げ、あえて最終回に中期の作品を置いた意図については、「初期の実験的な精神、後期の理性的な姿勢とのバランスが、中期の作品では一番保たれていて、自分が好きな作品が多い。バッハの音楽の変遷をこのシリーズで俯瞰するとともに、自身の音楽づくりの変化も見て欲しかった」と説明する。

「バッハ・オルガン音楽の美学を巡る」シリーズ Vol.1より ©樋川智昭

 プログラムの軸に据えたのは、ステージの最初に披露される「ファンタジーとフーガ ト短調」BWV542。華麗に装飾された旋律による重厚なトッカータとフガート(フーガ風の楽節)が交替で登場するファンタジーと、緻密かつ息詰まるような緊張感を纏ったフーガから成る。特に、同じ調性の「小フーガ」と区別するために「大フーガ」とも呼ばれるこの曲は、バッハが1720年にドイツ北部・ハンブルクの聖ヤコブ教会のオルガニストを志した際、オランダ出身の大家ヨハン・アダム(ヤン・アダムス)・ラインケン(1643-1722)の前で披露し、老巨匠を大いに感心させたとされる作品。その主題は、まさにオランダ民謡から採られている。

 今回のステージでは、この「1720年」を基準として、「それまでに作曲、改作されたであろうオルガン音楽の中から、特に演奏効果の高い作品を選出してお聴きいただく内容です」と冨田は言う。無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 BWV1001の第2楽章から編曲された「フーガ ニ短調」BWV539-2と、フェリックス・メンデルスゾーンが「教会が今にも崩壊するかのよう」と形容した大胆な転調を伴う「トッカータとフーガ ヘ長調」BWV540を対置。そして、重厚さと繊細さが交錯する「プレリュードとフーガ ハ長調」 BWV545、フランス音楽の影響が色濃い「ピエスドルグ(ファンタジー) ト長調」BWV572、調号をひとつ減じるドリア記譜法が用いられているために「ドリア調」の愛称で知られる「トッカータとフーガ ニ短調」BWV538を配した。さらに、バッハが晩年に浄書して纏めることとなる「18のコラール」から、「装いせよ、おお、魂よ」BWV654、「われは神より離れまじ」BWV658、「おお、神の子羊、罪無くして」 BWV656、「いと高きところには神にのみ栄光あれ」BWV662と、4つのコラール前奏曲が散りばめられている。

「バッハ・オルガン音楽の美学を巡る」シリーズ Vol.1より ©樋川智昭

 バッハの楽譜には、パイプオルガンの音色を選択するストップ(音栓)の組み合わせである「レジストレーション」の指定がない。つまり、これらは奏者の音楽的な感性に一任される形となり、その選択は演奏の良し悪しの重要な鍵ともなる。この点においても、冨田はこのシリーズで、考え抜かれた緻密なレジストレーションを披露。そして、彼の持ち味でもある、鍵盤を操る左右の手とペダルとの絶妙な連携で、瑞々しい音楽性をしめし、聴衆を魅了してきた。今回のステージで取り上げる曲目について「これらの作品は、どれも豊かな感情と芸術性がそれぞれ高い水準で保たれ、実に好ましいバランスで描かれています」と冨田。「ヨハン・セバスティアン・バッハが、オルガニストとしての本領を最も発揮した『本物の名曲』を鑑賞するプログラムでもあり、このシリーズの中で最も満足していただける公演となるでしょう。皆さんのご来場を心よりお待ちしております」と自信にあふれて語っている。

【Information】
冨田一樹プロデュース バッハ・オルガン音楽の美学を巡る vol.3
巧みな演奏効果を目指して~中期

2024.3/21(木)19:00 大阪/住友生命いずみホール
〈出演〉
冨田一樹(パイプオルガン)
〈曲目〉
J.S.バッハ:
ファンタジーとフーガト短調 BWV542「大フーガ」
コラール「装いせよ、おお、魂よ」 BWV654
フーガ ニ短調 BWV539-2
コラール「われは神より離れまじ」 BWV658
トッカータとフーガ ヘ長調 BWV540
プレリュードとフーガ ハ長調 BWV545
コラール「おお、神の子羊、罪無くして」 BWV656
ピエスドルグ ト長調 BWV572 (ファンタジー ト長調)
コラール「いと高きところには神にのみ栄光あれ」 BWV662
トッカータとフーガ ニ短調 BWV538「ドリア調」

問:住友生命いずみホールチケットセンター06-6944-1188
https://www.izumihall.jp