INTERVIEW 川口成彦(フォルテピアノ)

プレイエルの音色で、ショパンという人間をより身近に感じられると思います

取材・文:後藤菜穂子
写真:野口博

若き日のショパンが作曲したピアノと管弦楽の作品を、彼の愛したプレイエルのピアノと世界最高峰のピリオド楽器のオーケストラで聴く。そんな稀有で贅沢な演奏会が3月に大阪・フェニーチェ堺で開催される。2010年のショパン・コンクール覇者のユリアンナ・アヴデーエワさん、18年の第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝のトマシュ・リッテルさんとともにこの公演でソリストを務めるピアニストの川口成彦さんに、演奏会にかける思いについて、そして共演するオランダの名門18世紀オーケストラについて、たっぷりと語っていただいた。

――川口さんは、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの本選で、18世紀オーケストラと共演されました。3月の共演は、それ以来のことになりますか?

 はい、18世紀オーケストラと共演するのは5年半ぶりになります。
 今回オーケストラは11年ぶりの来日公演とのことですが、僕は前回のブリュッヘンとの公演も聴いていて、強い感銘を受けたことを覚えています。
 その後、僕が2015年にアムステルダムに留学してからも、よく演奏会を聴きに行ったり、音楽院の先生方にもメンバーが多いので、リハーサルを聴かせてもらったりしていました。メンバーたちとCDの録音をしたこともあります。
 ブリュッヘンと18世紀オーケストラは、名前のとおり、もともとバロックや古典派の音楽をメインに演奏していたわけですけれど、ポーランドのショパン研究所(*1)とのつながりから、徐々に19世紀の音楽にも取り組むようになり、古楽の世界をより広げてくださったのです。
 実は、僕がショパン国際ピリオド楽器コンクールを受けてみようと思ったきっかけのひとつが、本選に進めば18世紀オーケストラと共演できるということだったんです。それぐらい、僕にとって憧れのオーケストラでもありました。

*1
ワルシャワに本部を置く、ポーランドの国立研究機関。フレデリク・ショパンの遺産の保護を目的とし、ショパン国際ピアノコンクールやショパン国際ピリオド楽器コンクールの運営、歴史的な鍵盤楽器の収集や楽譜の出版、CDのリリースなど、多岐にわたる活動を行っている。

――共演してみてオーケストラの印象はいかがでしたか?

 オーケストラのみなさんは本当に温かい方々なんです。本選では、同級生や知り合いの奏者もいましたし、すごく包み込んでくれる感じがあって、安心して弾けました。
 18世紀オーケストラは、よい意味で「村のオーケストラ」という感じがあります。みんな純粋に音楽が大好きで、しかも古楽器を通して作品の「リアルな精神」を追い求めたいという思いをもって、世界から“アムステルダム村”に集まってきた人たちです。
 創設者のフランス・ブリュッヘンが亡くなって10年ちかくたちますが、たぶんメンバーたちは彼の精神を受け継ぐという使命を感じているのではないかと思っています。僕自身も、彼らを通してブリュッヘンのかけらに触れたいという思いがあります。

18世紀オーケストラ (c)SimonVanBoxtel

――今回演奏される、ショパンの「ポーランドの歌による幻想曲」はどんな作品ですか?

 10代のショパンがワルシャワ時代に作曲したピアノとオーケストラのための作品で、若き彼の野心と、祖国への愛がたっぷりと感じられる曲です。ショパンはマズルカやポロネーズなどポーランドの舞曲は多く作曲しましたが、この幻想曲は彼がポーランドの民謡をダイレクトに取り入れた数すくない曲のひとつなんです。その意味において、ポーランド人としてのショパンをとても近く感じられる作品だと思っています。
 昨年12月に、フェニーチェ堺でポーランドの歌手アルドナ・バルツニクさんをお迎えしてショパンの歌曲の演奏会を行ったのですが、そのとき、祖国を離れようとも彼の心がつねにポーランドにあったことを強く感じました。その経験を得たことで、「ポーランドの歌による幻想曲」を弾くことがますます楽しみになっています。

――今回は指揮者なしの弾き振りになりますね。

 これまで古楽の仲間たちと指揮者をおかずに室内楽的に協奏曲を演奏した経験は沢山ありました。一方で指揮者的な要素もピアニストが担う「弾き振り」は、昨年1月に神奈川フィルハーモニー管弦楽団とモーツァルトのピアノ協奏曲をモダン・ピアノで演奏した時がほぼ初めてで、とても良い経験になりました。自分が頭に思い描く音楽を限られたリハーサル時間の中でオーケストラの方々に伝え、実践していただく過程で私も多くのことを学びました。
 18世紀オーケストラのみなさんは経験豊かですし、曲にも精通していらっしゃるので、彼らからきっといろんなアイディアを得られるのではないかと思っています。

――今回は、1843年製のプレイエルのピアノで演奏されます。ショパンが生きていた時代に製作された楽器ですね。

 今回演奏するプレイエルのピアノは、昨年のショパンの歌曲の演奏会でも使った楽器です。
 最近になって、このピアノはフランスのエピネイ子爵という貴族が購入し、所有していたことがわかったんですね。楽器の身元がわかると、より親近感が増します。その後いろんなドラマを経て、日本に渡ってきて、その音が現代の日本のみなさんの耳に入っていくということはとても貴重なことだと思っています。
 僕は、聴覚というのは抽象的だからこそ、イマジネーションをふくらませられれば、視覚を超えることができると思うんです。たとえば、1840年代のプレイエルの音色を聴くことで、同時代のパリにタイムスリップして、まるでショパンが感じていた時間の流れの中に今、自分がいるような気になるんですね。きっとみなさんも、当時の楽器を聴くことで、ショパンという人間をよりリアルに、より身近に感じていただけるのではないかと思います。

――演奏会では、大阪出身で世界的に活躍する作曲家、藤倉大さんの独奏曲「Bridging Realms for fortepiano」も演奏されます。

 昨年ワルシャワでの第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクールのオープニング・コンサートで初演した曲です。Realmというのは、「領域」といったような意味ですが、そうした異なるrealmsが結びついていくというコンセプトです――たとえばロシアとウクライナといった国同士とか、個人同士とか、さらには自分の中に存在する異なるrealmsとか。
 この曲では、まったく違う旋律がどんどん入り組みながらいろんなことを経て最後はきらっと光るように終わっていくんです。すなわち、まったく違うものが対立するのではなく、お互いを認め合う過程という感覚がすごくあって、弾き終えたときに希望の光を感じたんですね。ある意味、祈りも感じますし、今みなさまに心から聴いてもらいたいと思える曲です。
 これまでフェニーチェ堺では毎年3回ずつぐらい演奏させていただいていて、とてもアットホームな雰囲気を感じています。今回は初めての大ホールになりますので、聴衆のみなさまに自分の演奏をしっかり届けられたらと思っています。

【Information】
2つのショパン国際コンクール優勝ピアニストと川口成彦による
The Real Chopin × 18世紀オーケストラ

2024.3/10(日)15:00 フェニーチェ堺

出演
18世紀オーケストラ
ユリアンナ・アヴデーエワ、トマシュ・リッテル、川口成彦(以上フォルテピアノ)

曲目
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
藤倉大:Bridging Realms for fortepiano(川口) 
ショパン:ポーランドの歌による幻想曲 op.13(川口)
ショパン:演奏会用ロンド「クラコヴィアク」 op.14(リッテル)
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 op.11(アヴデーエワ)

使用楽器/プレイエル 1843年製(タカギクラヴィア所有)

問:フェニーチェ堺072-223-1000
https://www.fenice-sacay.jp/event/15051/

他公演
3/9(土) 京都コンサートホール(075-711-3231)
3/11(月)、3/12(火) 東京オペラシティ コンサートホール(カジモト・イープラス050-3185-6728)
3/13(水) アクロス福岡 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
※公演により出演者、曲目が異なります。