上野通明(チェロ)

日本人としてのアイデンティティを胸に

©Seiji Okumiya

 近年充実を極める日本の若手弦楽器奏者たちの中でも、旗手というべき存在のひとりであるチェリスト上野通明が、5月に無伴奏リサイタルを開催する。上野は1995年パラグアイ生まれ、5歳でチェロを始め、6歳の頃にバルセロナに移り、10代から世界各地のコンクールで優勝、入賞を重ねてきた。2021年にはジュネーヴ国際コンクールのチェロ部門で日本人として初優勝を果たし、コロナ禍中の明るいニュースとして広く伝えられた。いまや欧州と日本で目覚ましい活躍をみせている上野にとっても、全曲無伴奏のリサイタルは貴重で楽しみな舞台となる。

 「無伴奏は空間をすべて自分の世界にできます。自分の責任で本当に独立した、孤独な感じが好きです。自ら空気を作って、ホールの音響や聴衆の方からの影響も受けて音楽作りをするのが醍醐味になります」

 今回の会場はサントリーホール。大ホールでの無伴奏というのはかなりの挑戦となるはずだが、「誰もが憧れるホールで、話を聞いたとき、飛び上がるくらい嬉しかったです」と目を輝かせる。

 さらに注目なのは演目で、「憧れのサントリーホールだからこそやりたかった」と選んだのは、なんと邦人作曲家プログラム。「海外で生活していると、自分の国の文化をしっかり把握できていないと実感することが多く、もっと知りたいと日本の文化や音楽史を調べ始めた」ことで理解を深め、大舞台でその成果を披露する。選ばれたのは6人の作曲家による6曲。各曲について、演奏予定順にコメントしてもらった。

邦人作品ならではの魅力を表現したい

 「最初は黛敏郎『BUNRAKU』。初めて文楽の公演に行ったとき、そのドラマ性や激しさに驚きました。三味線の音、太夫の歌いまわしの声の渋さや色を、いかにチェロで再現できるか。僕にとっては楽しい曲です。松村禎三『祈祷歌』は、元は箏の曲で、初めて演奏します。陰影を讃える、暗さの中の美を重視するのが日本人の美意識、ということを本で読みましたが、この曲にも通じるものがあります。森円花『Phoenix』は、2022年の東京オペラシティ『B→C』出演時に委嘱した曲で、コロナ禍の中、音楽は不滅だという思いのタイトルです。森さんは高校の先輩で、彼女の音楽は、美しい瞬間はキラキラしていながらも、腹の奥底から抉られるような感じもあり、とても感覚が合います。

 後半最初は今年生誕100年の團伊玖磨の無伴奏チェロ・ソナタを。半音階の使い方などは西洋の技法で、そこに日本の子守歌などを融合させています。規模、内容ともに、聴きごたえのある作品だと思います。そして、武満徹『エア』。残念ながら武満さんには無伴奏チェロのための作品はないのですが、武満さんの曲はぜひ入れたかった。『エア』はフルート作品ですが、チェロならではの世界も実現できそうな感触があり、どうしても弾きたいとご遺族にお願いしたら許可をいただけて、本当に光栄に思います。最後は藤倉大『Uzu(渦)』。今回のために藤倉さんに委嘱した新作です。とてもオープンマインドな方で、僕の希望も取り入れてくださいました。8セクションに分かれていて、各セクションの入れ替えは演奏者の自由。自分も一緒に曲を組み立てている気分になり、すごく楽しいです」

 この公演について「僕にしかできない世界観を聴いていただきたいですし、日本人作品の魅力や日本文化を改めて考え直すきっかけになればと思います」と意欲を示す上野。幼少期から日本とは対照的な文化の中で過ごし、世界を肌で知る彼だからこそ感じられる、日本文化の深みと多彩さ。日本での邦人作品上演がレアという現状への問題意識も含め、上野通明というアーティストの真髄を聴く一夜となる。
取材・文:林 昌英
(ぶらあぼ2024年2月号より)

上野通明 無伴奏チェロ・リサイタル 邦人作曲家による作品選
2024.5/24(金)19:00 サントリーホール 
2024.1/28(日)発売
問:カジモト・イープラス050-3185-6728 
https://www.kajimotomusic.com