城 宏憲(テノール)

蝶々さんが本気で惚れたくなるピンカートンを演じる

(c)北山宏一

 登場人物を主な3人に絞ることで、オペラの核心を凝縮して楽しめる——。ねらい通りの成果を上げているHakuju Hallのシリーズ「TRAGIC TRILOGY(トラジック・トリロジー)」の第3弾(最終回)は、プッチーニ《蝶々夫人》。ピンカートン役のテノール城宏憲に話を聞くと、このオペラを何倍も深く味わえるという期待が膨らんできた。

 ドラマティックな役のイメージが強い城だが、7月に兵庫で上演された《ドン・ジョヴァンニ》のドン・オッターヴィオが秀逸で、テクニックがたしかであることを証明した。それはピンカートンにも活かされる。

 「第1幕は長崎の夜景を蝶々さんと見下ろしながら、ロマンティックに浸ります。そのときはピンカートンも本気で、蝶々さんを惚れさせるだけの男だった。そうでないとストーリーが弱くなるので、僕は『愛の二重唱』には常に本気でトライします。持ち前のリリックな声を大いに使えると思います」

 ピンカートンは一般にろくでなしだと思われている。城もそれは認めたうえで話す。

 「海軍士官なのでいつも男だけの船上にいる分、停泊すれば女性を求めるでしょう。そこをちゃんと描かないと、彼に恋する蝶々さんも、シャープレスも活きません。シャープレスは悲劇に至る前に何度も忠告しますが、ピンカートンは『領事さんはお年ですが、僕は若いので経験したい』という姿勢です。ただの女好きではなく、蝶々さんだからこそ自分の妻にしたかった。そう思いたいんです。いつも交錯するのが森鷗外の『舞姫』で、日本人はエリスを手放した豊太郎をよく弁護しますが、僕はピンカートンが豊太郎だと思って、なぜ長崎を離れなければならなかったのかを考えます」

 しかも、登場人物が絞られドラマが「凝縮」されているから、そこに焦点が強く当たる。

 「ほかの要素が削られている分、舞台に立つ時間が長く、お客さんの視線も突き刺さって、気を抜く時間がないです。それだけに、壮大な愛の破滅の物語を波に溺れるように見ていただきたいな、と。園田隆一郎さんのピアノと1対1なので、緩急も鮮やかです。また、それぞれの歌手の呼吸、原語も理解している園田さんの伴奏では、すごく歌いやすいんです」

 蝶々さんは、城が「歌ありきで演技を合わせる歌手が多いなか、キャラクターを作ってそこに声をはめ込む姿勢が理想的」と語る青木エマ。シャープレスは「舞台上のアクシデントも持ち前のインテリジェンスで想像を超える答えを紡ぎ出す」大西宇宙。そこに今回は、スズキ役として山下裕賀が加わる。気迫あふれる歌手とピアノのアンサンブルを、演出・脚本の田尾下哲がさらに緻密な心理劇に仕上げると思われ、楽しみでならない。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2023年11月号より)

TRAGIC TRILOGY Ⅲ 「蝶々夫人」(全3幕)
2023.12/8(金)15:00 Hakuju Hall
問:Hakuju Hall チケットセンター03-5478-8700
https://hakujuhall.jp