時代を切りひらく芸術家たちの創造に耳をすます
神奈川県民ホールは芸術総監督の一柳慧(2022年10月7日没)亡き後もひたすら、同時代の音楽と聴衆の橋渡し役を担い続ける。24年10月5&6日には大ホールでイタリアの現存作曲家サルヴァトーレ・シャリーノ(1947〜)のオペラ《ローエングリン》(1982/84)全曲上演を予定。これに先立つ導入企画「シャリーノ祭り」を今年11月18日に小ホールで、指揮の杉山洋一、演出の吉開菜央、ホール芸術参与の沼野雄司(音楽学者)の話、石上真由子(ヴァイオリン)らの演奏を交えて行う。一方、2021年に小ホールで始めた「C×C(シー・バイ・シー)」はComposer、Classic、Contemporaryの3つの「C」と様々な楽器を組み合わせ過去、現在、未来をつなぎ、作曲家自身が脈々と営まれる創造の過程を訪ねるシリーズ。24年1月13日のVol.5では夏田昌和(1968〜)が生誕150年のシェーンベルクと向き合う。
杉山と沼野、夏田を迎えたオンラインのインタビュー。まずは「シャリーノ祭り」から。
―― あえて大雑把な言い方をすれば、ヴェルディやプッチーニと同じ「イタリアオペラ」ではありますが。
沼野「知名度は100分の1くらいでしょう(笑)。 シャリーノはヴェルディやプッチーニの情感豊かに歌い上げるイメージの対極にあり、同じイタリアのカンタービレ(旋律美)でも、壊れ物のように繊細極まりない世界です。ワーグナーが想を得た中世オランダの《白鳥の騎士》伝説を19世紀フランスの象徴主義詩人ラフォルグがパロディ化、それを20世紀のシャリーノが再びオペラにしたわけですが、何かがどんどん失われていく儚い喪失感は脈々と受け継がれています」
杉山「昔はプッチーニやヴェルディを日本語で上演、イタリアの作品を日本に紹介するためでしたが、今回は発想をほぼ逆転。過去の作曲家とは違い、シャリーノさんはまだ元気でいらっしゃるので『《ローエングリン》をどう日本の観客に紹介するか』を本人とも話し合い、『言葉の響きも心機一転して、日本語で上演する』という結論に至りました。イタリア語以外の上演は世界でも初、シャリーノさん自身が『面白い』と考えています。外国から日本に持ち込むのではなく、様々な時代背景も踏まえて日本の側から発想し直したらどうなるか? 従来の紹介を超えた『共有』の部分に、私たちの自発性があります。
プレイベントの『祭り』ではトーク、演奏を通じてシャリーノを身近に感じていただき、神棚からおろすことができればと考えています」
続いてシェーンベルクと向き合う夏田、企画を後押しする沼野の話を聞く。
―― 夏田VSシェーンベルクの組み合わせはどこから?
沼野「周年作曲家と現存作曲家の対比自体がいささか“こじつけ”なのですが、これまで現代音楽の演奏会に疎遠だった演奏家も積極的に起用し、新しい聴き手を獲得してきました。2024年はシェーンベルク生誕150年の他、フォーレ没後100年もあり、夏田さんと話し合った結果、シェーンベルクに落ち着きました」
夏田「留学先にフランスを選びその系譜に連なる私は、シェーンベルクやベルク、ヴェーベルンら新ウィーン楽派の響きや表現はどちらかというと苦手で、“対決”する相手としては最適ながら、こんなにすごい人もいません。バッハからベートーヴェン、ブラームスへと至るドイツ音楽史の正統な後継者である一方、“無調”という一般の人が近現代音楽に抱く禍々しいイメージの元凶にもなった人です。私を含め現代の作曲家にとって、12音技法を編み出したシェーンベルクの影響は巨大で、いまだ無視できない存在だと言えるでしょう。無調に転じる前の後期ロマン派時代の作品、交響詩『ペレアスとメリザンド』や『グレの歌』は素晴らしいエクリチュール(書法)を備え、大ホールを満たす官能的で輝かしい音響も達成しました。それを自ら引っくり返して『楽しめないゲンダイオンガク』の張本人になった点でも、すごいと思います。
1月の演奏会では前半がピアノのソロとヴァイオリン&ピアノのデュオ、後半が声楽とアンサンブル…と編成をそろえ、歌を含む新作も1曲書きます。『日本の伝統音楽は興味深いが、残念なことに対位法がない』と記したシェーンベルクに、日本の作曲家として一矢報いるつもりです」
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2023年11月号より)
【Information】
舞台芸術講座 神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズ vol.2
サルヴァトーレ・シャリーノ作曲 オペラ『ローエングリン』関連企画
シャリーノ祭り
2023.11/18(土)15:00 神奈川県民ホール(小)
出演/
石上真由子(ヴァイオリン)、山本 英(フルート)、安藤 巴(打楽器)
登壇/
吉開菜央(『ローエングリン』演出)、杉山洋一(『ローエングリン』指揮)、沼野雄司
曲目/
シャリーノ:6つのカプリチオ、アトンの光輝く地平線、どのようにして魔法は生み出されるのか、白の探求、繊細な精神の完全性 14の鐘のための補完
C×C(シー・バイ・シー) 作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.5
夏田昌和 × アルノルト・シェーンベルク(生誕150年)
2024.1/13(土)15:00 神奈川県民ホール(小)
出演/
丁 仁愛(フルート)、石上真由子、河村絢音(以上ヴァイオリン)、甲斐史子(ヴィオラ)、西谷牧人(チェロ)、須藤千晴、秋山友貴(以上ピアノ)、工藤あかね(ソプラノ)、松平 敬(バリトン)、有馬純寿(エレクトロニクス)、夏田昌和(指揮)
曲目/
夏田昌和:波~壇ノ浦、エレジー、美しい夕暮れ、春鶯、新作(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)
シェーンベルク:組曲 op.25、幻想曲 op.47、弦楽四重奏曲第2番 op.10 より 第3楽章「連祷」、ナポレオンへの頌歌 op.41
問:チケットかながわ0570-015-415
https://www.kanagawa-arts.or.jp/tc/