第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール ファイナルを振り返る

2023年秋 高坂はる香のワルシャワ日記4

 第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクールは、最終結果が発表されました。

第1位・マズルカ賞 Eric Guo
第2位 Piotr Pawlak
第3位 Angie Zhang / Yonghuan Zhong

ファイナリストたち

 入賞を果たしたのは、音楽で訴える力のある、とても魅力的なピアニストたち。演奏技術も優れ、ピアノをしっかりと鳴らし、ショパンのイメージをはっきり持ってそれぞれのドラマを表現する音楽を聴かせた方が評価されたという印象です。

 ファイナルで共演したのは、ポーランドの古楽器演奏集団 {oh!} オルキェストラ・ヒストリチナ。指揮は、審査員も務めるヴァーツラフ・ルクスさん。この共演での印象が、ファイナルの結果の1票にも反映される形です。

「ショパンのピアノ協奏曲は、ショパン自身が室内楽版で演奏していたことからもわかるように、とても室内楽的なアプローチが求められる作品。オーケストラの各奏者とちゃんとコミュニケーションしているかどうかが大切」とルクスさんも話していましたが、実際、そのコミュニケーション具合いは個々に大きな差があったように思います。

 楽器は、エラール(1838年)とプレイエル(1842年)という2台のイギリス式の楽器から選びます。また今回のファイナリスト6名は、全員ピアノ協奏曲第1番を選択していました。

Angie Zhang

 ファイナル初日、はじめに登場したのは、アメリカの Angie Zhang さん。ピアノはプレイエルです。

 まず古楽器オーケストラならではのショパンの協奏曲の表現、独特の質感の音によるアンサンブルを興味深く聴いてると、Zhang さんが、まろやかかつはっきりとした音で入り、丁寧にショパンの音楽を奏でていきます。しゃぼん玉のような音が美しく、どこかつつましい表現という印象。プレイエルという繊細な楽器をオーケストラの中で弾くことによる調和の美しさ、逆に際立たせる難しさも感じました。

 フォルテピアノを専門で学ぶ彼女は、「フォルテピアノは私の人生の大きな部分を占めている。フォルテピアノにしか出せない色があって、それで絵を描きたい。ショパンもその色で作品を書いていたのだから」と話していました。

Yonghuan Zhong

 続いて演奏したのは中国の Yonghuan Zhong さん。ピアノはエラール。

 こちらのほうが音が出しやすい楽器だということですが、実際、Zhong さんは豊かな音量を無理なく鳴らし、このエラールならではの高音の輝かしさも生かしながら、ダイナミックレンジの広い音を駆使してドラマを表現していきます。自由な音楽にオーケストラもしっかり合わせ、一つになって音楽が進んでいきました。

 フォルテピアノの演奏は、録音を聴くなどして勉強していったそう。大切にしたのは、楽器から一番美しい音を鳴らすこと。「200年前にもこの美しい音が聞かれたのだろうなと想像しながら弾いていました。時代が変わっても美しいものは美しいですから」と話していました。

Eric Guo

 初日最後に演奏したのは、Eric Guo さん。Zhang さんと同じプレイエルですが、まるで別の楽器のように音にボリュームがあります。ショパンの歌をたっぷり感情豊かに歌い、その揺れる歌にオーケストラもしっかりとつけていて、アンサンブルとして楽しそう。

 演奏しながら腕を大きく振り上げる様子はモダンピアノの演奏のようですが、かといって音が汚くつぶれてしまうことはなく、また極限まで音量をしぼって聴かせる表現でも耳を惹きます。ロマンティックな2楽章、ピアノがソロで聴かせる場所では、確かにモダン楽器ではなしえない美しさの音を鳴らすことで、古楽器ならではの魅力を発揮していたといえます。「古楽器の演奏経験はほとんどない」という彼ですから、これはセンスなのかもしれません。会場も大きく沸き、そのなかで Guo さんはピアノを讃えるポーズをしていました。

Martin Nöbauer

 2日目のトップはオーストリアの Martin Nöbauer さん。プレイエルは、ショパンの音楽にはやはりプレイエルが合うという考えと、「自分がオーストリア人で、イグナツ・プレイエルもオーストリア人だから繋がりを感じて」自然と選んだとのこと。彼は14歳からフォルテピアノを弾いているということで、やはり楽器への思い入れが一段と強いようです。

 実際、プレイエルの特徴であるやわらかな音、丸みのある音を駆使し、若いショパンの心情に寄り添い、ロマンティックな世界を描き出していました。

Piotr Pawlak

 ポーランドの Piotr Pawlak さんはエラールを選択。爽やかさの中にどこか暗さも感じさせながら、楽器から愛らしい音をたっぷりと鳴らし、それに呼応してオーケストラもよりパワフルに、メリハリのある音楽を展開していきます。勢いをもって惹き進める部分も、逆に若きショパンの情熱を感じるよう。フィナーレまで駆け抜けていきました。地元ポーランドの期待のピアニストということで、聴衆からは大喝采。

 フォルテピアノをちゃんと勉強したことはないそうですが、オルガンや即興演奏を学んでいるとのこと。それであのおもしろいプレリューディングや装飾が聴かれたのですね。

 ちなみに Pawlak さんさん、第2ステージの結果発表のあと、「ファイナル用のタキシードを持ってきてない! これから両親が急遽グダンスクの家から持ってきてくれる!」と話していたので、ちゃんとした衣装で出てきた姿を見て、個人的には少し安心しました。リハーサルの合間を縫って、駅まで受け取りにいって大変だったらしい。

Kamila Sacharzewska

 そして最後の奏者となったのは、ポーランドの Kamila Sacharzewska さん。豊かな音量を持つエラールを使い、ダイナミックな打鍵で華やかな音を鳴らし、一方で2楽章、3楽章になると音量は控え気味にして独特のテンポで歌いあげていました。地元ポーランドの奏者によるコンクールの締めくくりの演奏に、客席からは大きな拍手喝采が送られていました。

 今回のコンクールは、フォルテピアノの経験はほとんどない、しかし感情に訴える起伏に富んだショパンで聴衆を魅了した Guo さんが優勝しました。上位入賞の中では、第3位の一人 Angie Zhang さん以外はフォルテピアノを専門に学んでいません。あえてピリオド楽器のショパンコンクールと銘打つなかで、ピリオド楽器ならではの特別なアプローチがどれだけ求められていたのかな?と思う結果でもあります。

 するとこのコンクールは、ピリオド楽器コンクールといいつつも、フォルテピアノの専門的な知識とスキルより、モダン同様ショパンの音楽表現をまずは重視し、そのなかで楽器の魅力を引き出せていれば良いということなのだろうかと思ったりもしました。それではあえて古楽器コンクールとする意味とは?という疑問を抱いた人もいるかもしれません。

© Haruka Kosaka

 ただ、実はちょうど今、このコンクールの仕掛け人の一人であるショパン研究所副所長のレスチンスキさんにインタビューをしてきたところ、「このコンクール一番の目的は、若いピアニストがフォルテピアノを弾く機会を持つきっかけをつくること。そしてショパンの聴いていた音に触れること。モダンピアノのコンクールに比べると、順位がどうだ、優勝は誰だという感じは薄い。コンクールの雰囲気が違うのを感じたでしょう?」とおっしゃっていまして。

 もしかすると私の頭の中にあった、古楽器の正しいアプローチを評価するためのコンクールだ、という前提自体がずれていたのかもしれない…と思いました。だから審査員の顔ぶれも、古楽器奏者はむしろ少数派なのかと。

 このコンクールがあったから、Guo さんはフォルテピアノに触れることになったはずで、さらにその優勝を見て、これからフォルテピアノを勉強してみるピアニストが増えるかもしれません。それこそがこのコンクールの主な目的だといわれたら、その成果は確実にあったのだなと思う、審査結果発表翌日の昼下がりでありました。

写真提供:Narodowy Instytut Fryderyka Chopina

International Chopin Competition on Period Instruments
https://iccpi.pl/en/

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/