INTERVIEW イ・ムジチ合奏団(弦楽合奏)

70年以上、ヴィヴァルディを演奏してきたことは大きな誇りです

取材・文:林昌英

 イ・ムジチ合奏団が4年ぶりに日本ツアーを行う。2021年には創立70周年記念ツアーが行われるはずだったが中止になり、今回の来日にかける彼らの思いは強い。この機に日本ツアー公演について語ってもらった。

——日本公演はイ・ムジチにとってどのような存在でしょうか?

 日本はイ・ムジチの演奏を最も歓迎してくださる国の一つです。60年以上も日本ツアーを続けてきて、日本の変化を見てきた以前のメンバーたちは、日本は戦後に国を再建するなかで、伝統に深く根差しながらも果敢に現代性を取り入れていった国だとよく話していました。2011年に東日本大震災が起きた際には同年11月に栃木まで行き、その4年後には復興支援プロジェクト「アーク・ノヴァ」(*)の一環で福島公演が実現して、演奏後に福島の方々が目に涙を浮かべて声をかけてくださいました。私たちの日本との絆を象徴する大切な思い出です。

※「アーク・ノヴァ」宮城県・松島(2013年)、宮城県・仙台(2014年)、福島・飯坂(2015年)

——日本での演奏の際に、他の国とは異なる独特なものを感じることはありますか?

 日本では、街の大小を問わず全国で、美しいコンサート・ホールが私たちを迎えてくれます。また、日本には礼儀正しく落ち着いた素晴らしい聴衆がいることは、欧米の演奏家の間でよく知られています。私たちに敬意を払ってくださっているのでしょう、コンサート中、特に最初の2〜3曲の間はやや行儀が良すぎるくらいですが、演奏会が進むにつれて緊張が解けてきて、「四季」を演奏し始めると、全ての感情を解き放ち、熱烈で情熱的になるのを感じます。近年、日本での“お決まりの”アンコールが「赤とんぼ」で、この曲の演奏中は、会場にいる方々の心の動きを感じとることができます。

 今年のツアー演目は、彼らの代名詞「四季」を中心にヴィヴァルディをはじめとする得意のバロック作品のほか、ヴェルディの「聖歌四編」の〈アヴェ・マリア〉、オペラ《シチリア島の夕べの祈り》のバレエ「四季」が並ぶ。イタリアの二大巨匠についてたずねた。

——改めて、イ・ムジチにとってヴィヴァルディはどのような存在ですか?

 ヴィヴァルディは、今でこそ、傑出した作曲家の一人として“正しく”評価されています。イ・ムジチは「四季」の演奏を通じて、彼の世界的な名声の確立に微力ながら貢献したと自負しています。70年以上もの間、彼の数々の作品を録音・演奏してきたことは、大きな誇りです。イ・ムジチにとってヴィヴァルディは、いわば祖父のような存在です。威厳がありながらも温厚な「祖父」が、長年にわたりイ・ムジチを導いてくれています。私たちは彼のおかげで、世界中の人びとの心に語りかけることができているのです。

——今回の演目では、ヴェルディの2作品が目を引きます。

 〈アヴェ・マリア〉は晩年のヴェルディが手がけた宗教音楽で、作曲家アドルフォ・クレシェンティーニがミラノの新聞で発表した「謎の音階」に基づいて書かれています。不思議な音階ですが、実に魅力的です。バレエ「四季」は、おそらくヴェルディ作品群の中で随一のバレエ音楽でしょう。これをぜひ「室内楽版」で届けたいと考え、友人で作曲家のルイージ・ペッキアにイ・ムジチ用の編曲を依頼しました。バレエ「四季」は、リズミカルなパッセージ、ヴェルディらしい旋律、ドラマティックな間奏、そして各構成曲の魅惑的で賑やかなエンディングといった、ヴェルディ特有の様式を見事に体現しています。これとは対照的に、謎の音階に美しいハーモニーが添えられたスピリチュアルな〈アヴェ・マリア〉は、プログラムの幕開けにぴったりの曲だと思います。ヴェルディは最も有名なイタリア人作曲家の一人で、ヴィヴァルディとの相性も抜群です。

 70年以上の歴史を誇り、メンバーやリーダーが交代し続けながら、世界のトップ団体であり続けてきたイ・ムジチ合奏団。その秘訣には、音楽のみならず社会生活全般にも通じるものがありそうだ。

——長く活動を継続する中で、演奏の伝統の維持と変化のバランスを、どのように取ってきたのでしょうか?

 面白い質問ですね! 数世代の演奏家が長年にわたり育んできた伝統の“維持”を助けてきた要素は、複数あると考えます。
 第一に挙げられるのは、指揮者もリーダーさえも置かないという、創設メンバーたちによる先見の明のある決断です。もちろん、コンサートマスターには、芸術的な道筋を決め、特定の解釈を選択する役割があり、とても重要です。とはいえ、イ・ムジチにおいては、皆で決断をシェアするという姿勢が、最も重視されています。一人ひとりが責任感をもち、自分自身が能動的に演奏に携わっていると感じられるからです。私たちメンバーは、他人から請われてグループに在籍しているわけではなく、能動的な参加者であり、主人公の一人なのです。
 第二の要素は、全メンバーが入団前からイ・ムジチのことをよく知っているという点だと思います。入団理由の多くは、若い頃から演奏を聴いていたから、あるいはメンバーの教え子だったから、というものです。イ・ムジチは、アンサンブルの精神が新入団員にも継承されやすく、即座に音楽作りに加わることができるグループなのです。
 もう一つ、あえて謙遜せずに申し上げたいのは、イ・ムジチは毎回の演奏会で120パーセントの力を出し切れるということです。常に私たちの全てを聴衆に届けますし、聴衆もそれを全て受け取ってくださいます。私たちの公演中に客席のあちこちで感じられる熱気こそが、その証拠です!

 イタリアでも多くの犠牲が出た世界的なパンデミックは、イ・ムジチにも例外なくダメージを与えた。この経験を経て感じたことは多いという。

——世界的なコロナウイルス禍を経て奏でた「四季」は、どのように感じられましたか?

 私たちが体験したパンデミックは、無数の命を奪う、恐ろしいものでした。暗澹たる時期を経て、舞台に戻り、大好きな「四季」を再び“生で”演奏できることは、大きな喜びでした。「四季」を演奏したいという熱意と願望、この曲のスコアの中に新しい発見や新しいニュアンスを見出す楽しさ。愛情を持って私たちの演奏を受けとめてくださる聴衆に、種々の感情を直に届けられる喜び…。
 この曲は、楽譜上の一つ一つの音を探究し続けることを決して止めてはいけないと、私たちに教えてくれます。コロナ禍という沈黙の期間は、自分たち芸術家の使命とは何なのかを、より明瞭に私たちに理解させたことは確かです。

 日本をこよなく愛していると語るイ・ムジチのメンバーは、日本の思い出や特徴について楽しそうに語る。今回のツアーへの思いも格別なものがある。

——食事や観光など、日本滞在中の楽しみは?

 イ・ムジチのメンバー全員が、素晴らしい日本と日本人に「恋に落ちて」いると断言できます! 私たちは皆、日本食が大好きですし、美しい自然を堪能し、重要な場所を訪れる機会にも恵まれました。その一つである広島平和記念資料館は、私たちの心の奥底を揺り動かしました。あと、空港で時間きっかりにバスが来たときには、驚きすぎて笑ってしまいました。日本では普通のことかもしれませんが、イタリア人である私にとっては信じられない素晴らしい出来事で、一生忘れないと思います。

——最後に、日本のファンに向けて、ひとことお願いします。

 多くの悲しいことが起きた数年間、美しい日本を再び訪れることを心待ちにしていました。今回ようやく皆さまにお目にかかれることになり、メンバー一同、大喜びしています。コンサート・ホールでお会いしましょう!

【Information】
「I MUSICI」イ・ムジチ合奏団
2023.9/27(水)19:00 サントリーホール 

●曲目
ヴェルディ:「聖歌四編」から〈アヴェ・マリア〉
ヴェルディ:オペラ《シチリア島の夕べの祈り》から バレエ音楽「四季」
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」(ヴァイオリン・ソロ:マルコ・フィオリーニ)

問:カジモト・イープラス050-3185-6728
https://www.kajimotomusic.com

◎他公演
9/16(土)14:00 所沢市民文化センターミューズ アークホール
問:ミューズ・インターネット・チケットサービス04-2998-7777

9/17(日)13:00 札幌コンサートホール Kitara
問:道新プレイガイド0570-00-3871

9/18(月・祝)14:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
問:ABCチケットインフォメーション06-6453-6000

9/21(木)18:45 愛知県芸術劇場 コンサートホール
問:クラシック名古屋052-678-5310
  テレビ愛知事業部052-229-6030

9/23(土・祝)15:00 東広島芸術文化ホール くらら
問:くららチケットセンター082-426-5990

9/24(日)14:00 神奈川県立音楽堂
問:芸協WEBチケット045-453-5080

9/30(土)14:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
問:長野県文化振興事業団インターネットチケットサービス0263-34-7100

10/1(日)15:00 宮城/名取市文化会館
問:名取市文化会館022-384-8900