INTERVIEW 鈴木雅明(指揮)

バッハ・コレギウム・ジャパンが初のシューベルト「ミサ曲第5番」
ロマン派の幕開けを告げる甘美な魅力

取材・文:池上輝彦

 鈴木雅明率いる古楽器オーケストラ・合唱団バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)が、シューベルトの宗教大作「ミサ曲第5番変イ長調 D678」に初めて挑む。シューベルトのミサ曲は第6番まであるが、第5番は円熟した技法でそれまでの作風を超越し、私情を溶け込ませた甘美な音楽で、ロマン派時代の幕開けを告げる。同時期に書かれた「交響曲第7番 ロ短調 D759《未完成》」と組み合わせ、BCJはピリオド楽器でどのような感動を聴き手にもたらすか。作品の魅力と指揮の極意を聞いた。

Masaaki Suzuki

シューベルトの「ミサ曲第5番」を取り上げる理由は何ですか。

 BCJは17世紀のモンテヴェルディからからバッハ、モーツァルトを経て19世紀初めのベートーヴェンまで、様々なミサ曲を演奏してきました。そこでベートーヴェンの中・後期とほぼ同じ時代を生きたシューベルトのミサ曲も取り上げるのは当然のことと考えました。BCJがシューベルトのミサ曲を演奏するのは今回が初めてです。第5番が最も美しいと感じられ、選びました。

シューベルトのミサ曲にはどのような特徴がありますか。

 公的なものに資する考えがないことです。ミサ曲はカトリックの典礼のための音楽ですから、歌詞はキリエ、グローリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイと続く公的なテキストです。私情を挟み込む余地は本来ありません。でも、ルネサンス時代から、典礼を離れて世俗的な要素を入れるなど、作曲家が個人の思いを普遍化し、公的な鏡に映して表現することはありました。シューベルトはそれを推し進め、個人の内面という典型的なロマン派音楽の地点からスタートしています。

──「ミサ曲第5番」の魅力は何ですか。

 心地よい音楽が連続するところです。まず綺麗で官能的な「キリエ」から始まります。全曲を通じて美しい旋律がたくさん出てきます。同時にかなり劇的な面もあります。例えば、1曲目「キリエ」と2曲目「グローリア」の調性の対比。キリエは変イ長調で始まっているのに、グローリアの冒頭はホ長調です。あり得ない転調(遠隔調への3度転調)で雰囲気が変わります。エンターテインメントと言えば語弊がありますが、聴き手を楽しませます。劇的な面もあれば、甘美な表情もあり、興味深い和声もあります。

Bach Collegium Japan ©K. Miura

── 西洋音楽史では古典派のベートーヴェンの後にロマン派のシューベルトが登場します。しかし実際には、ベートーヴェンの最高傑作ともいわれる「ミサ・ソレムニス」が完成したのは1823年。シューベルトの「ミサ曲第5番」はそれよりも1年早い1822年に完成しました。2人は同時代を生きたわけですが、ベートーヴェンとは異なるシューベルトの新しさや魅力は何でしょうか。

 時代的にずっと先のロマン派の思いが反映されているところです。ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」は来世への希望を表明した特別の作品で、多くの要素が複雑にありすぎて、それらを容易には頭に残せません。一方、シューベルトの「ミサ曲第5番」は聴きやすいし、断片的なメロディーが頭に残ります。シューベルトが得意とした歌曲とは比較ができませんが、「ミサ曲第5番」も近い記憶をちゃんと残す作品です。現世の心地よさもまだ十分に認識し味わえる音楽になっています。

── 今回の「ミサ曲第5番」の指揮と演奏で難しい点、留意すべき点は。

 長く取り組んできたバッハのカンタータやミサ曲については、この方向で行けば間違いないというイメージができています。これに対しシューベルトの場合、どこまで甘く、ロマン派的に表現すべきかを見極めるのが難しい。要はどこでどれだけ砂糖を入れるかです。どの程度まで甘くすれば、誰が満足するかが問題になります。

── 具体的にはどのような演奏技術面での難しさですか。

 例えばヴィブラート。実はヴィブラートは12世紀から使われています。米国のヴァイオリン奏者ユーディ・メニューインが「センプレ(常に)・ヴィブラート」を常に入れる教育を始めたのは、ロマン派が終わったポストモダニズムの時代です。ヴィブラートをかけることがロマン派的であるわけではないし、逆にかけないことが古楽的なのでもありません。シューベルトのミサ曲では、ヴィブラートやポルタメントのさじ加減を考えなければなりません。

── BCJのメンバーとはどのようなやり取りがありますか。

 僕がBCJメンバーに「もう少しロマンティックにね」と言っても、時々やりすぎではないかと言われることがあります。そうしたせめぎ合いの中から最良の方法が決まります。僕一人ですと、アゴーギク(テンポやリズムを変化させる表現)が激しくなりがちです。僕のような鍵盤楽器を弾いてきた人はアゴーギクと一体で音の強弱を付けますが、弦楽器奏者はテンポを変えずに音の大小を付けられるからです。また、バッハのような不協和音による表情がシューベルトの「ミサ曲第5番」にもあり、それをどの程度強調するかもポイントです。19世紀の聴衆には激しい感情の揺れ動きがありました。しかしロマンチックにしすぎてシューベルトの品格を損なってはいけないとも考えています。

── 今回、「交響曲第7番ロ短調 D759《未完成》」を最初に演奏しますが、組み合わせの意義は何ですか。

 「未完成交響曲」は知名度も曲の質も高く、「ミサ曲第5番」とほぼ同時期に作曲されているので選びました。僕はプログラムをつくる際、それぞれの曲の調性を重視して、関連ある調性を選びます。しかしここでは「ミサ曲第5番」の「キリエ」の変イ長調から「グローリア」のホ長調への転調と同じ感覚で、ロ短調の「未完成交響曲」が前半にふさわしいと考えました(「未完成交響曲」第2楽章はホ長調で終わり、プログラム後半は「ミサ曲第5番」が変イ長調で始まる)。前・後半の間に休憩は入りますが、(シューベルトの転調の)コントラストの妙を感じていただけると思います。

── ポピュラー性を秘めたシューベルトの「ミサ曲第5番」。9月16日の住友生命いずみホール(大阪市)、9月17日の東京オペラシティコンサートホールでのBCJ 2公演で多くの聴き手がその魅力を発見し、スタンダードの楽曲になることを願っています。

【Information】
◎東京公演
バッハ・コレギウム・ジャパン 第157回定期演奏会
9/17(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール

◎大阪公演
シューベルト──約束の地へ Vol.2 いま、超越へ── バッハ・コレギウム・ジャパン
9/16(土)16:00 住友生命いずみホール

シューベルト:
ミサ曲第5番 変イ長調 D 678
交響曲第7番 ロ短調《未完成》D 759

指揮:鈴木雅明
ソプラノ:安川みく アルト:清水華澄 テノール:鈴木准 バス:大西宇宙
合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン

お問い合わせ:
バッハ・コレギウム・ジャパン チケットセンター 03-5301-0950(東京公演)
住友生命いずみホールチケットセンター 06-6944-1188(大阪公演)

バッハ・コレギウム・ジャパン
https://bachcollegiumjapan.org/