久石 譲(作曲・指揮)

オーケストラを古典芸能にしてはいけない

(c)Omar Cruz

 近年、指揮者としての活躍が著しい人気作曲家・久石譲。彼はこの9月、新日本フィルの定期演奏会で、自身の新作とマーラーを披露する。同楽団は久石にとって最も付き合いの長いオーケストラ。現在はMusic Partnerを務めている。

 「音楽が現代から未来へ向かう道筋を作り、オーケストラを古典芸能にさせないこと。それが僕の役割でしょう。重要なのはピアニッシモでもきちんと音楽ができる豊かな音の創造。前任シェフの上岡敏之さんはこの楽団にピアニッシモを植え付けました。そうした財産を使って、より精密なアンサンブルや自主的なサウンドを作れるよう、できる限り貢献したいと思っています」

 オーケストラにも危機意識が必要だと語る。

 「まず『こういうオケにしたい』という強い思いがないとダメだし、チケットの売り方もポップスに比べると甘い。それに新日本フィル・クラスのオケには、引き受けるべき部分があると思います。例えば、僕の繋がりでテリー・ライリーやフィリップ・グラスに曲を書いてもらうことができます。そしてそれをアジアのオケ等と共同で委嘱し、初演権やレコード化権等でビジネスをする。世界では皆やっていることですが、日本のオケにはその習慣がほとんどない。世界の中で取り残されていることに気づかないとまずいでしょう」

 「現代から未来へ向かう音楽」のひとつが今回の新作。6月現在、続けて演奏されるマーラーの交響曲第5番の「アダージェット」に通じる作品を構想しているという。

 「『アダージェット2』を書きたいとの思いがあります。ですので10〜15分くらいの弦楽合奏曲を考えています」

 マーラーの5番はかなりの大曲だ。

 「マーラーは何度も書き直していますよね。このクラスの曲になると、表現しようとする世界観に対して、一人の作曲家が対応できる情報処理能力を超えるのです。しかしそれを踏まえた上でも、傑作中の傑作です。そこには、人生の様々なことがうまくいき出して、精神的に高揚していた時期に書かれたことも関係しているでしょう。また、第1、2楽章と第4、5楽章はそれぞれひとつの楽章と捉えた方がいい。つまり実は大きな3楽章構成。さらに、主題も対旋律も共に“歌謡メロディ”なので非常に構成しづらい。したがって、僕がやるべきことは、冷静に曲を分析し、中途半端な感情抜きに構造を見極めることだと思います」

 各楽章についてはこう語る。

 「第1、2楽章はユダヤ教の世界。僕はユダヤの音楽が好きでものすごく研究してきましたが、この曲にはその良さが適度に出ています。また第1楽章の冒頭はリズム動機なのでとても大事。これをクリアに印象付ける必要があります。しかし第3楽章でウィーンの宮廷や舞踏会的な音楽に変わります。第4楽章の有名な『アダージェット』は、単独で何度も指揮していますが、うまくできた記憶があまりない。それだけ難しく、指揮者はこの楽章が終わった段階でヘトヘトになります。そこに第5楽章の大団円が来る。前のテーマが走馬灯のように現れ、終焉に向かう。ここはそうした幕引きの雰囲気があります」 

 他にも「マーラーの5番は『愛のシンフォニー』と名付けて売ったらどうか」等々、興味深い話が続いた。久石譲の新作とマーラー。大いに注目したい。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2023年9月号より)

新日本フィルハーモニー交響楽団 第651回 定期演奏会
〈トリフォニーホール・シリーズ〉
2023.9/9(土)14:00 すみだトリフォニーホール
〈サントリーホール・シリーズ〉
9/11(月)19:00 サントリーホール
問:新日本フィル・チケットボックス03-5610-3815
https://www.njp.or.jp