[現地レポート]ライプツィヒ・バッハ音楽祭 2023 “BACH for Future”

バッハの聖トーマス教会カントル就任300年を祝う

©Jens Schlüter
 今年も、6月8日から18日にかけて、恒例のライプツィヒ・バッハ音楽祭(Bachfest Leipzig)が開催されました。今年のテーマは BACH for Future。ヨハン・ゼバスティアン・バッハがトーマスカントルに就任してちょうど300年ということもあり、例年にも増して盛り上がったようです。古楽系の有名団体はもちろん、ラン・ランら人気ピアニストも参加。他にも、ケーテンへのコンサート鑑賞日帰りバスツアー、バッハの森を作るための植樹寄付コンサート、ジャズの野外ライブまで、今年も多彩な“バッハづくし”のプログラムが組まれました。クロージング・コンサートには、鈴木雅明&バッハ・コレギウム・ジャパンが登場。《ロ短調ミサ》で音楽祭を締めくくりました。
  山口県の「やわらかなバッハの会」代表で、毎年この音楽祭に足を運んでいるという橋本絹代さんに、熱気あふれる現地の様子をレポートしていただきました。

取材・文:橋本絹代

 カントル正式就任の1723年にちなみ、6月7日の17時23分きっかりに前夜祭を開始し、開幕に備えて、トーマス教会でのべ“300分”にわたるバッハ演奏が行われた。

◎オープニング・コンサート 6/8(木)17:00 聖トーマス教会

 聖トーマス教会オルガニストのヨハネス・ラングが《前奏曲とフーガ 変ホ長調 Präludium und Fuge Es-dur BWV 552》の付点リズムで華やかに開幕を告げ、バッハ・オルガンで見事な演奏を鳴り響かせた。ライプツィヒ市長の挨拶に続いて、鍵盤楽器奏者として活躍するトーマス・W・ライニンガー作曲による《神聖な交響曲 主に向かいて新しき歌を歌え Geistliche Sinfonie »Singet dem Herrn ein neues Lied«》(初演)を現カントルのアンドレアス・ライゼ指揮 トーマス教会合唱団&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が軽快に爽やかに演奏。モーツァルトがライプツィヒを訪れた時に、聖トーマス教会合唱団が歌ったモテット《主に向かいて新しき歌を歌え》(BWV225)を聴いて感動したという史実に基づいた曲である。芸術監督ミヒャエル・マウルが「今のはメインディッシュではありません」と笑わせる挨拶をして、いよいよメイン曲へ。

Thomanerchor Leipzig, Gewandhausorchester Leipzig, Thomaskantor Andreas Reize
©️Kinuyo Hashimoto

 バッハがカントルとして就任最初の日曜日に演奏し、喝采を博したというライプツィヒでのカンタータ第1作《貧しきものは食らいて飽くことを得 Die Elenden sollen essen BWV 75》の演奏。ライゼのエネルギッシュな指揮に合唱団とオケがしっかりとついて行き、躍動感あふれる素晴らしい演奏。バッハもこのように演奏したのだろうかと想像が膨らむ。バッハ・アルヒーフのペーター・ヴォルニー(バッハ研究者)によるバッハ・メダル授与の話をはさみ、最後はイェルク・ヴィトマン《ソロ・合唱・オルガン・オーケストラのためのカンタータ Kantate für Soli, Chor, Orgel und Orchester》(バッハ音楽祭委嘱作品)の初演。曲はバスクラリネットとチャイムだけの瞑想に始まり、時折ゲールハルトのコラールを挟みながら最後はハレルヤの大合唱と打楽器の大音響で終止する。7楽章からなる約35分の大作であり、楽器の特殊奏法こそ無いが、多種多様な打楽器が3ヶ所に配置され、それはメインステージからはみ出してペアレンツシートにまで侵入していた。

今年のバッハ・メダルは、800年の歴史をもつ聖トーマス教会合唱団に ©️Jens Schlüter

◎トリビュート to バッハ 6/9(金)19:00 マルクト広場

 旧市庁舎前マルクト広場の野外特設ステージで、アンドレアス・ライゼ指揮のもとポピュラーなバッハ作品を演奏。特にピアノのラン・ラン、ヴァイオリンのダニエル・ホープが注目を集めた。最後は「主よ人の望みの喜びよ」を全員で歌い、バッハに敬意を表した。

Lang Lang, Daniel Hope, Thomanerchor, Gewandhausorchester, Andreas Reize
©Jens Schlüter

◎カンタータ第1年巻

ルドルフ・ルッツ指揮 バッハ財団合唱団&管弦楽団 6/8(木)20:00 聖ニコライ教会
ハンス=クリストフ・ラーデマン指揮 ゲヒンガー・カントライ 6/9(金)17:00 聖ニコライ教会
フィリップ・ヘレウェッへ指揮 コレギウム・ヴォカーレ・ゲント 6/10(土)20:00 聖トーマス教会
トン・コープマン指揮 アムステルダム・バロック・オーケストラ&合唱団 6/11(日)20:00 聖トーマス教会

Amsterdam Baroque Orchestra & Choir, Ton Koopman ©Gert Mothes

 音楽祭の柱である著名なバッハ解釈者たちが、ライプツィヒ時代最初の1年間に書かれたカンタータ群(BWV136, 105, 46, 179, 50. 95, 48 ,60, 90, 190, 65, 73, 81, 4, 66, 37, 104 再演も含む)を演奏。音楽祭を主催するバッハ・アルヒーフのプレジデントであるトン・コープマン、フィリップ・ヘレヴェッヘ、ハンス=クリストフ・ラーデマン、ルドルフ・ルッツが、それぞれ手兵を率いて充実した演奏を披露。演奏の前に芸術監督が指揮者にインタビューするのは初めての試みだった。

◎マタイ受難曲  6/12 (月)20:00 聖ニコライ教会

 ソロモンズ・ノットは2008年の創設以来センセーショナルな成功をおさめている英国の少人数グループである。歌手たちが動きながら歌うところが見えるように、あえてニコライ教会で行われたと考えられる。ステージの右から左へと行き来しながらアリアを歌ったり、歌手たちが頭を抱え込んで落胆する動作をしたりと、演出も交えた演奏。ピッタリ息の合った楽器群が納得力のある演奏で歌手たちに寄りそう。大合唱曲を10人足らずで、しかも全曲暗譜で見事に歌い上げる集中力の凄さに拍手喝采!

Solomon’s Knot ©Jens Schlüter

◎ヨハネ受難曲 6/17(土)19:30 聖トーマス教会

 「聖金曜日の晩課としての受難曲」と題されたこのコンサート。受難曲が典礼形式で演奏されるのは珍しい。最初に会衆のコラールの練習、そして曲の途中で何度も会衆賛美とオルガン演奏を挟み、第1部と第2部の間には《ヨハネ受難曲 Johannes-Passion》についての解説があり、2時間の曲が3時間半に延びた。ベルギーを代表する古楽団体、リオネル・ムニエ率いるヴォクス・ルミニスは、エヴァンゲリスト(ラファエル・ヘーン)のレチタティーヴォをトーマス教会の北側にあるバッハ・オルガンのところで演奏し、西側のメインステージと分ける演出。イエス役のムニエ、ソロ歌手たちの堂内に良く響く声が素晴らしく感動的な演奏。

Vox Luminis ©Gert Mothes

◎少年合唱団サミット

聖トーマス教会合唱団 6/15(木)20:00 聖トーマス教会
ドレスデン聖十字架教会合唱団 6/16(金)20:00 聖ニコライ教会
ハノーヴァー少年合唱団 6/17(金)17:00 聖ペテロ教会
ウィンズバッハ(ヴィンツバッハ)少年合唱団 6/18(日)15:00 聖ニコライ教会

Thomanerchor Leipzig, Thomaskantor Andreas Reize ©️Gert Mothes

 聖トーマス教会合唱団は、モテット《み霊はわれらの弱きを助けたもう Der Geist hilft unser Schwachheit auf BWV 226》から始まり、シュッツのモテット、メンデルスゾーンのモテット、バッハのモテット《主に向かいて新しき歌をうたえ Singet dem Herrn ein neues Lied BWV 225》をオルガンコラールと交互に演奏した。バッハ・オルガンの近くの狭い場所で、ライゼ、ラング、聖トーマス教会合唱団による真剣勝負の二重合唱を聴き、合唱団の充実ぶりに改めて敬意を覚えた。指導するライゼは、カトリックでスイス人という異例のカントルのため就任当初は一部に反対の声もあったが、少年たちを見事に訓練し、今年のバッハ・メダル受賞という輝かしい実績をもたらした。他の3合唱団も並々ならぬ実力で少年合唱の醍醐味とも言うべき清新な歌声を披露し、どれも天国のコンサート。

Dresdner Kreuzchor ©Gert Mothes

◎クロージングコンサート 6/18(日)18:00 聖トーマス教会

Bach Collegium Japan, Masaaki Suzuki ©Gert Mothes

 日本のみならず西洋でも名高い鈴木雅明がバッハ・コレギウム・ジャパンを率いて音楽祭の最後を飾った。フィナーレに恒例の《ロ短調ミサ Messe in h-Moll》をバッハ・メダル受賞者の東洋人が演奏するという期待感もあり、チケットは早々に売り切れ、プログラム(3ユーロ)は不足状態の大盛況。前日にシュトゥットガルトでも同曲を演奏した鈴木は、実直で安定した演奏を披露。それは時間と地域を超えて聴衆に深い感銘を与えた。
 世界56か国から約7万人の聴衆! BACH – We are FAMILY!

Bach Collegium Japan ©Gert Mothes

 プログラムには載ってないが、トーマス・カントル300年記念国際音楽学会が3日間にわたって開催され、クリストフ・ヴォルフなど世界の著名なバッハ研究者たちがライプツィヒに集結した。町のいたるところで、ミュージシャン、研究者、常連客が再会を喜び合った。

Universität Leipzig ©️Kinuyo Hashimoto

◎芸術監督は語る

 芸術監督ミヒャエル・マウルから来年の音楽祭の内容について発表があった。
「来年のバッハ音楽祭のモットーは“CHORal TOTAL”。300年前の1724/25に作曲された不滅のコラール・カンタータに焦点を当て、世界中から約40のバッハ合唱団がこれに参加する。そしてジョン・エリオット・ガーディナー指揮のモンテヴェルディ合唱団、イザベル・ファウストのヴァイオリン・ソナタなど、特別なハイライト・プログラムを含む150以上のコンサートが行われる」

現トーマスカントルのアンドレアス・ライゼと筆者
トン・コープマンと筆者

写真提供:Bach Archiv Leipzig
(筆者提供のものを除く)

橋本絹代 Kinuyo Hashimoto
子供の頃、フーガを父と連弾で楽しんだことからバッハが好きになり“不治の病”となる。ヤマハ音楽教室講師、山口県学生音楽コンクール審査委員、宗教合唱団伴奏の経験をもとに、『イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集』(ハ長調とイ短調に移調 2007年 カワイ出版)、『やわらかなバッハ』(2009年 春秋社)を出版。2022年、Soft Bach Society Yamaguchiの指揮者・オルガニストとしてライプツィヒ・バッハ音楽祭に出演。

【Information】
「バッハ作品目録 Bach-Werke-Verzeichnis(BWV3)」の編纂で中心的な役割を果たした、バッハ・アルヒーフ・ライプツィヒ上級研究員クリスティーネ・ブランケン博士の講演が山口と東京で行われます。

◎第9回バッハ礼讃音楽祭 レクチャー「バッハ作品番号の秘密」〜拡張新版 BWV3
2023.8/11(金・祝)13:30 山口/KDDI 維新ホール大会議室

主催:やわらかなバッハの会 Soft Bach Society Yamaguchi
https://www.kenmin.pref.yamaguchi.lg.jp/boshu/boshu57854/

◎日本音楽学会 東日本支部 特別研究会「今日のバッハ研究:問題と展望」(ハイブリッド開催・要事前申込)
2023.8/14(月)14:00〜17:00 東京/国際基督教大学 本館4階 宗教音楽センター内 音楽ホール
共催:国際基督教大学宗教音楽センター
司会・通訳:佐藤望(国際基督教大学)
https://office.icu.ac.jp/smc/news/2023/08/post-24.html
申し込みフォーム https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScVFlChDs97nvQ4XttQ225b5yMIuicRNfbFfPqqVSGrt5mG1A/viewform