INTERVIEW 石上真由子(ヴァイオリン)

稀代の名手が仲間とともに作り上げる室内楽プロジェクト

 ヴァイオリニスト石上真由子。作品の世界に入り込んだ、熱気と妖気さえ漂う表現。それをクレバーに実現する知性と完璧なテクニック。その演奏を一度でも体験すれば、彼女が平成世代を代表するプレイヤーであることを確信し、熱烈なファンになってしまうはずだ。

Mayuko Ishigami

 そんな石上が、ソロと同等かそれ以上の密度で取り組む活動が、自らが主宰する室内楽プロジェクト「Ensemble Amoibe」(アンサンブル・アモイベ。以下 Amoibe)である。創設からわずか5年ながら、この夏になんと60回目を迎えるとのことで、不動の柱というべきシリーズ企画となっている。

「室内楽は、個々人の思いやアイデアが折り重なって、ひとりでは成し得ない体験が生まれます。時間と気力は要しますが、それらがうまく共鳴しあって、何か新たな世界が見えたときは、他では得難い深い喜びを感じられるのです。さらに、私たちのこの喜びが、聴き手の皆様にも伝播したら良いなという思いで公演を続けています。“Amoibe”の元となった“ἀμοιβή”はギリシャ語で“変化、変容”を表します。演奏家と聴き手の力が合わさることで、多くの変容が起こっていく場になることが、Amoibe の目標のひとつです」

©︎平舘平

Ensemble Amoibe の目指すもの

 実際、Amoibe の成果には目ざましいものがある。近年の公演で筆者が体験した範囲でも、昨秋は同世代の気鋭のヴァイオリニスト弓新とのデュオで、バロックのルクレールを近代のグレツキ、プロコフィエフ、ヴァインベルクに挟み込む意欲的なプログラムで、凄まじい切れ味で一分の隙も無い完璧な演奏を実現。今年2月にはピアノ江崎萌子、ヴァイオリン水谷晃、戸澤采紀、ヴィオラ安達真理、チェロ西谷牧人という名手たちとのショーソンのコンセールで、世界基準の精度による感動的な名演で満員の聴衆を驚かせた。石上の呼びかけに集う演奏家の豪華さ自体も Amoibe の価値を物語るし、その演奏は毎回屈指のパフォーマンスの連続になっている。

©︎平舘平

「演奏はもちろんのこと、それ以外の要素にもこだわっています。演奏家目線から曲の魅力を語ったプログラムノート、曲目構成の意図、なぜこの出演者なのかなど、“音楽を聴く”だけで終わらない、好奇心の扉をノックするような仕掛けを散りばめています。通いなれた方には謎解きを楽しんでいただき、あまりコンサート体験のない方にも“また来たい!”と思っていただけるような企画を常に目指しています」

 とはいえ、これまでは石上自身が演奏に加えて、あらゆる裏方業務までこなしながらの運営だった。そこで、60回の記念の節目にあわせて「活動を持続的にしていかなければならない、という決意表明」として、Amoibe をこれまでの自主企画から「一般社団法人」として法人化するという。

「それに伴い、『演奏家による、音楽のためのコンサート』という新たなコンセプトも掲げます。当たり前のことのようですが、この時代には簡単に実現できることではありません。仕事として成立することはとても大事ですが、効率性や業務性といった資本主義を前提とする感覚が、文化芸術、音楽をも覆ってしまっていることに、ずっと違和感がありました。Amoibe は、演奏家が思う存分、我儘に、音楽と向き合える――その聖域のような存在であることを大事にしていきたいと思っています。

 聴衆を増やしていきたい、という思いもあります。とくに同世代や、下の世代に音楽を届けるにはどうしたら良いのか。音楽が文化として成り立っていくには、演奏家と新しい聴衆の方々とが出逢っていかなければなりません。あえて音楽ではないコミュニティに飛び込んでみるなど、まだ手探りの段階ですが、新たな聴き手の皆様との音楽の共有は、Amoibe にとっても私にとっても重要なテーマです」

記念公演とその後に向けて

 6月と8月の Amoibe 第59回・第60回は「連続企画として若きベートーヴェンの肖像にフォーカス」する。60回は室内楽の名作「七重奏曲」に取り組む。そしてその前の回は、同作を作曲者自身が編曲したピアノ三重奏曲第8番を取り上げ、音楽評論家の奥田佳道をトークゲストに迎えて、作品について掘り下げ、奏者と対話もするという。演奏に留まらず「多角的な公演の楽しみ方を見つけていただけたら嬉しい」という、石上の思いが強く反映された2回となっている。

「第60回記念公演はベートーヴェンの2曲です。七重奏曲をメインに据えて、前半には内門卓也氏の編曲による交響曲第1番(七重奏版)をカップリングします。作曲家としてウィーンで認知されるようになってきたベートーヴェンが、満を持して初プロデュースした自主公演で初演したのがこの2作品です。若きベートーヴェンの野望が詰まったコンサートを一部再現するような形で、1800年4月のブルク劇場にタイムトラベルしていただきます」

 Amoibeの今後については「何よりも『Ensemble Amoibe の公演に足を運べば良いものに出会える、素敵な体験ができる』と思っていただけるような公演を、楽しく、そして長く続けていきたい」と語る。さらに「感染症の世界的流行により、芸術活動を続ける上での問題の多くが表層化した」という問題意識から、「持続的に活動するための創意工夫、そのための収支をしっかりと立てていく。そういった音楽以外のことにも音楽家が真剣に取り組むことで、音楽と現代の社会システムとの良いバランスを見つけたい」という理念も掲げる。

 石上といえば“医師免許を持つヴァイオリニスト”と紹介されてきたのをご存じの方も多いだろう。それはもちろん、誰にも真似のできない貴重な経験であり、冒頭に挙げたような情熱と知性のコントロールに優れた演奏や、多面的な視座の獲得にも繋がっているに違いない。彼女が培ってきたものを集約させた「Ensemble Amoibe」で体感できるのは、ただ聴くだけでも愉しい、考えて掘り下げても面白い――結局は「音楽の喜び」そのものに他ならない。とにかく期待に胸を膨らませて、何なら騙されたと思ってでもいいので、ぜひ体験してほしい。決して裏切らないのが、アーティスト石上真由子である。

文:林昌英

【Information】
Ensemble Amoibe vol.59〈ベートーヴェン 七重奏曲〉vol.60 公演に先駆けて
6/7(水)19:00 紀尾井町サロンホール

ベートーヴェン:
ピアノ三重奏曲第8番 変ホ長調 op.38
ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第1番 ニ長調 op.12-1 より
モーツァルトの《魔笛》の主題による12の変奏曲 op.66 より

出演/
石上真由子(ヴァイオリン)
上村文乃(チェロ)
松本和将(ピアノ)
奥田佳道(お話)

Ensemble Amoibe vol.60 ベートーヴェン 七重奏曲
[東京]8/14(月)19:00 トッパンホール
[京都]2023.8/15(火)19:00 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ(小) 台風の影響により延期となりました
【京都公演の延期公演日程】
2024.1/5(金) 19:00 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ(小)

ベートーヴェン:
交響曲第1番 ハ長調 op.21(七重奏編成版)(内門卓也 編)
七重奏曲 変ホ長調 op.20

出演/
石上真由子(ヴァイオリン)
篠﨑友美(ヴィオラ)
上村文乃(チェロ)
幣隆太朗(コントラバス)
アレッサンドロ・べヴェラリ(クラリネット)
長哲也(ファゴット)
福川伸陽(ホルン)

お問い合わせ:mail@ensembleamoibe.com
Ensemble Amoibe
https://ensembleamoibe.com
石上真由子 公式サイト
https://mayukoishigami.com