これぞイタリア・オペラ!
新国立劇場《リゴレット》新制作 ゲネプロレポート

歌い盛りの歌手とイタリア・オペラの名匠が繰り広げる
ヴェルディの音楽ドラマの奇跡!

 「ひどい話ですよね」
 《リゴレット》を観た後、そう呟く人は少なくない。確かにひどい話である。娘を凌辱された宮廷道化師の復讐はならず、それどころかその娘は恋のために我が身を犠牲にしてしまうのだから。

 それでも《リゴレット》が名作であり、人気オペラであることは変わらない。本作では名旋律と緊張感が表裏一体となって観客を引きずり込む。この音楽のためにはこのドラマが必要だったのだ。「ひどい話」であっても。

右:ロベルト・フロンターリ(リゴレット)
中央上段:友清 崇(マルッロ)、升島唯博(ボルサ)

 《オテロ》のようなヴェルディの後期の作品ではオーケストラが大きな役割を担うが、ヴェルディ30代の「中期」に属し、ベルカントの名残もある《リゴレット》では、音楽的な主役はやはり「歌」。とはいえオーケストラも、一般に考えられている以上に重要だ。《リゴレット》(《椿姫》もそうだが)のオーケストラは、しばしば誤解されるように歌の伴奏では全くない。一見単純に見える音の連なりは、適切なスタッカートやアクセントやデュナーミクで一変し、ドラマの一部となる。それを実現できるかどうかは指揮者次第だ。

 新国立劇場で今月幕を開ける《リゴレット》(新制作)は、ゲネプロ(最終総稽古)を見る限り、雄弁な指揮と理想的な歌手陣、的確な演出で、ヴェルディの、そしてイタリア・オペラの醍醐味を味わわせてくれる公演になることは間違いなさそうだ。
(2023.5/16 新国立劇場 オペラパレス 取材・文:加藤浩子 写真:寺司正彦)

須藤慎吾(モンテローネ伯爵)
左:イヴァン・アヨン・リヴァス(マントヴァ公爵)
右:妻屋秀和(スパラフチーレ)

 一番の立役者は指揮のマウリツィオ・ベニーニである。今回が25年ぶり(前回は1998年《セビリアの理髪師》)の新国立劇場への登場となるイタリアの名匠は、主にイタリア・オペラ、それもベルカント作品で名声を築いてきた。ベニーニの指揮するオーケストラは聴き手の耳を捉えて離さないが、それは音楽を的確につかみ、大胆に掘り下げているからだ。

 今回の《リゴレット》でも、ベニーニの掌握力は見事に発揮された。全曲を貫く「呪いのテーマ」をメインにした前奏曲は、凄まじいクレッシェンドがドラマそのもの。開幕の軽快なバンドの音楽とのコントラストも効果的だ。リゴレットがチェプラーノ伯爵に近づく足取りを表現する絶妙なアクセント、恋に酔うジルダに近づく廷臣たちが彼女の美しさに賛嘆する震えるような弱音、公爵に陵辱されたジルダの訴えを先導するオーボエの啜り泣くような音色など、ドラマの隅々まで表現が行き届いている。加えて山場では一気呵成に突き進むので、手に汗を握らずにはいられない。オペラを知り尽くした匠の技である。

左:ハスミック・トロシャン(ジルダ)
左:森山京子(ジョヴァンナ)

 主役陣も理想的。リゴレット役のロベルト・フロンターリは、今もっとも充実しているイタリアのヴェルディ・バリトンの一人。流麗な美声には温かな色合いがあり、表現がノーブルで、大袈裟ではなく心に訴えてくる。ジルダをいたわる二重唱で見せた優しさは忘れ難い。レチタティーヴォの語りがキレ良く雄弁なのも美点だ。この秋の《シモン・ボッカネグラ》でも主役を歌うが、朗唱的な歌の多い役柄なので大いに楽しみである。

 ジルダ役ハスミック・トロシャンは、2019年に新国立劇場で《ドン・パスクワーレ》のノリーナを歌って絶賛された若手ソプラノ。高音域の美しさや、アジリタや跳躍などベルカントの技巧の精確さはそのままに、声に厚みが増し、色合いが濃くなって表現が豊かになった。ベルカントの技術と感情表現が必要なジルダは、今のトロシャンにぴったりの役柄ではないだろうか。アリア〈慕わしいお名前〉は、夜空に煌々と輝く月の光のように美しかった。

 マントヴァ公爵を歌ったイヴァン・アヨン・リヴァスは、世界で注目を集めているペルーの新星。甘さと輝かしさを備えた美声、明るい響きはまさに屈託のないプレイボーイにぴったり。さらわれたジルダを案じるアリア〈ほおの涙が〉では、温かみのあるレガートに公爵の人間味が垣間見えた。

 迫力の呪いを披露したモンテローネ伯爵役・須藤慎吾、官能的なマッダレーナ役・清水華澄、やくざなスパラフチーレ役・妻屋秀和など、脇を固める日本人キャストも芸達者揃い。時に細やかで時に大胆な演技を要求される合唱団も、ドラマと一体化していた。

右奥左より:升島唯博(ボルサ)、吉川健一(チェプラーノ伯爵)、友清 崇(マルッロ)

 エミリオ・サージの演出は、公爵が中心の宮廷の豪華な世界=権力の世界と、リゴレットやスパラフチーレの家=私的な世界の対照を際立たせたもの。宮廷は、巨大なシャンデリアに使われた「赤」が中心で、私的な世界は青や灰色、黒が中心だ。ジルダが暮らすリゴレットの隠れ家は、彼女の清純さを暗示する水色で彩られる。宮廷の場面では舞台を囲むテラスや階段など「高さ」も取り入れられ、ダイナミックな動きを増幅する。最後の最後で「宮廷」の場面が再現されるのは、「権力は滅びない」(サージ)ことの象徴であるようだ。

左より:ロベルト・フロンターリ(リゴレット)、ハスミック・トロシャン(ジルダ)、清水華澄(マッダレーナ)、イヴァン・アヨン・リヴァス(マントヴァ公爵)

 個人的に印象に残ったのは、宮廷におけるリゴレットの孤立が際立たせられていることだ。前奏曲の間、道化師の衣裳をつけるリゴレットを、テラスに並ぶ扉の向こう側から宮廷人が覗き見る。彼が宮廷人全体を敵に回していることが見て取れる、印象的な開幕シーンだった。

 「ひどい話」。けれど、傑作。

Information

新国立劇場 2022/2023シーズン
ヴェルディ《リゴレット》(新制作)


2023.5/18(木)19:00
5/21(日)14:00
5/25(木)14:00
5/28(日)14:00
5/31(水)14:00
6/3(土)14:00 
新国立劇場 オペラパレス


指揮:マウリツィオ・ベニーニ
演出:エミリオ・サージ

リゴレット:ロベルト・フロンターリ
ジルダ:ハスミック・トロシャン
マントヴァ公爵:イヴァン・アヨン・リヴァス
スパラフチーレ:妻屋秀和
マッダレーナ:清水華澄
モンテローネ伯爵:須藤慎吾
ジョヴァンナ:森山京子
マルッロ:友清 崇
ボルサ:升島唯博
チェプラーノ伯爵:吉川健一
チェプラーノ伯爵夫人:佐藤路子
小姓:前川依子
牢番:高橋正尚

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/