【GPレポート】音楽と群像心理劇で魅せる《源氏物語》〜日本オペラ協会公演まもなく開幕

前列中央:山田大智(桐壺帝)

 近年の日本オペラ協会は意欲的なプロダクションを次々に上演し、日本オペラの持つ多様で豊かな可能性を私たちにみせてくれている。Bunkamura オーチャードホールで2月18日・19日の2日間上演される三木稔作曲《源氏物語》も、まさにそうした日本オペラ協会の確固たる歩みを感じさせる作品といえる。
 セントルイス・オペラ劇場からの委嘱作として2000年に初演。台本はコリン・グレアムによる英語版で、翌年には日生劇場で日本初演されている。今回は、三木稔自身の訳による日本語版の世界初演となる。岡昭宏(光源氏)ら出演の初日組の最終総稽古(ゲネラルプローべ)を取材した。
(2023.2/16 Bunkamura オーチャードホール 取材・文 室田尚子 写真:長澤直子)

左:佐藤美枝子(六条御息所) 右:岡 昭宏(光源氏)
左より:佐藤美枝子(六条御息所)、岡 昭宏(光源氏)、海道弘昭(頭中将)
前列左:相樂和子(紫上) 右:河野めぐみ(少納言)

 オペラは、紫式部原作の『源氏物語』から、印象的なエピソードを抽出して自由に繋いで構成されている。第1幕、人々がこの世を寿ぐ合唱を歌うと、父である桐壺帝が源氏の生い立ちを語り始める。そこから藤壺と源氏、六条御息所と源氏のシーンへと続いていくのだが、ここでのテーマは「罪」だ。藤壺は源氏と情を通じるという罪を悔やみ、六条は愛ゆえの罪について語る。その後、頭中将との有名な「雨夜の品定め」、そして少女である紫上を源氏が見染めるシーンでは「夢」という言葉が心に残る。これまでの女性たちとの「罪」の関係から、紫との関係に「夢」を見出そうとする源氏。しかし六条、桐壺帝、頭中将、正妻・葵上が夢に現れ源氏を責め立てる。華やかな紅葉の宴で源氏と頭中将が青海波を舞い、源氏は宰相に任じられる。しかし、葵上が六条御息所の生き霊にとり殺されてしまう。

左より:丹呉由利子(葵上)、佐藤美枝子(六条御息所)、岡 昭宏(光源氏)
前列左:山田大智(桐壺帝) 右:森山京子(弘徽殿)

 第2幕、桐壺帝亡き後、源氏の異母兄である朱雀が帝に。その母・弘徽殿は源氏を追放、源氏は須磨へと流されていく。嵐の中荒れ狂う海に出た源氏は明石の浜にたどり着き、そこで明石入道の姫と出会い結ばれる。やがて朱雀帝に許された源氏は都に戻るが、今度は紫上が六条の亡霊に襲われて亡くなってしまう。絶望した源氏は仏門に入ることを願うが、藤壺との間に生まれた幼い冷泉帝が即位し、摂政として宮中で采配を振るわなければならない。栄華を極めれば極めるほど、源氏の心の苦悩や悲しみが増していくことを、オペラは見事に描いていく。

中央:丹呉由利子(葵上)
左より:相樂和子(紫上)、岡 昭宏(光源氏)、森山京子(弘徽殿)、市川宥一郎(朱雀帝)

 演出の岩田達宗はこの作品を「きらびやかな王朝絵巻」ではなく、登場人物たちの心の動きに焦点を当てた一種の「群像心理劇」としてとらえ、思い切ってシンプルな美術(松生紘子)を採用した。舞台には階段が設置され、その先に天井から掛け軸の布のようなものが垂れ下がっている(実際は布ではないとのこと)。そこには抽象的な絵が描かれているのだが、これが照明(大島祐夫)によって京の遠景や桜の木々、また荒れ狂う波にみえたりする仕掛け。そのほかの装置はなく、また小道具もほとんど使われない。

 その分ドラマの焦点は音楽に託されているといっていい。中国琵琶と二十一弦箏を含むオーケストラは実に雄弁で、特殊奏法も使いながら時に雅楽のような響きを作りだす。「静」の中から繊細な「動」が立ち上ってくるような音楽は、ブリテンのオペラ(例えば《ねじの回転》)を思い起こさせる。この複雑なスコアを見事に表現している指揮の田中祐子の功績は大きい。

左より:海道弘昭(頭中将)、和下田大典(惟光)、岡 昭宏(光源氏)、相樂和子(紫上)
右:江原啓之(明石入道)

 紫式部の原作を読んでいる時には、光源氏その人の心情よりも相手になる女性たちとの関係の方に目がいきがちなのだが、台本は源氏の心の動きをはっきりと言葉に表すことでオペラ的なドラマトゥルギーを獲得している。岡昭宏はこの源氏の心のダイナミクスを、抑制の効いた表現で見事に歌い上げていた。そんな岡を筆頭に、六条御息所の佐藤美枝子、藤壺の向野由美子ら歌手陣のクオリティは総じて高い。というか、これだけの歌手を揃えることができたからこそ、この作品の上演が可能になったのだろう。人が心の中に抱える葛藤や苦悩、絶望、後悔、そして夢や希望を歌で描き出すのがオペラであるなら、これほど「オペラ的」なオペラもまたあるまい。日本オペラ史に残る上演となるのではないだろうか。

後方:長島由佳(明石の上)

Information

日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズNo.84
《源氏物語》(新制作)

2023.2/18(土)、2/19(日) 各日14:00
Bunkamura オーチャードホール

原作:紫式部
台本:コリン・グレアム 
日本語訳台本・作曲:三木 稔

指揮:田中祐子
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

演出:岩田達宗

出演
光源氏:岡 昭宏(2/18) 村松恒矢(2/19)
六条御息所:佐藤美枝子(2/18) 砂川涼子(2/19)
藤壺:向野由美子(2/18) 古澤真紀子(2/19)
紫上:相樂和子(2/18) 芝野遥香(2/19)
明石の姫:長島由佳(2/18) 中井奈穂(2/19)
葵上:丹呉由利子(2/18) 髙橋未来子(2/19)
頭中将:海道弘昭(2/18) 川久保博史(2/19)
桐壺帝:山田大智(2/18) 下瀬太郎(2/19)
明石入道:江原啓之(2/18) 豊嶋祐壹(2/19)
弘徽殿:森山京子(2/18) 松原広美(2/19)
朱雀帝:市川宥一郎(2/18) 高橋宏典(2/19)
少納言:河野めぐみ(2/18) 城守 香(2/19)
惟光:和下田大典(2/18) 平尾 啓(2/19)
合唱:日本オペラ協会合唱団

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2302_genjimonogatari/