気鋭の若手指揮者が地元のオーケストラ・神奈川フィルに初登場!
取材・文:原典子
神奈川県ゆかりの若き音楽家を紹介する、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の「フレッシュ・コンサート For Future」。17回目を迎える今回は、生まれも育ちも川崎市という指揮者、坂入健司郎が登場。慶應義塾大学を卒業後、一般企業に勤めながら指揮活動を続けてきたという異色の経歴の持ち主だが、みずから設立した東京ユヴェントス・フィルハーモニーや川崎室内管弦楽団などでの活躍で、かねてからクラシック・ファンの熱い注目を浴びてきた存在だ。2021年から指揮活動に専念し、次々とプロ・オーケストラへのデビューを飾っている。
今回は、同じく神奈川県出身のヴァイオリニストで、第19回東京音楽コンクール弦楽部門第1位に輝いた福田麻子をソリストに迎えたサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番や、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」などのプログラムを届ける。坂入に、2023年の幕開けとなるこのコンサートに向けての抱負を聞いた。
「生まれ育った川崎は近年、“音楽のまち”として盛り上がっていますし、神奈川は音楽活動をするのにとても良い環境だと思います。僕自身、大学2年生のときに結成したユヴェントス・フィルの練習場も元住吉の川崎市国際交流センターだったので、もうずっと神奈川で活動してきました。もちろん神奈川フィルのリハーサルやコンサートに数えきれないほど通いましたから、このたびはじめて振らせていただけることになり、本当に嬉しいです」
坂入は、神奈川フィルの第3代音楽監督を務めていたハンス=マルティン・シュナイトが同団を指揮するときには必ず、かながわアートホールの公開リハーサルに通っていたという。
「かながわアートホールでは、2階からガラス越しにリハーサルを見ることができて、ちゃんと指揮者の声も聞こえます。本番直前のコンサートホールでのリハーサルを公開しているオーケストラはありますが、日頃の練習場まで公開しているのはおそらく神奈川フィルだけではないでしょうか。しかも当日ふらりと行くことができて、素晴らしい取り組みだと思います。
シュナイトさんはカール・リヒターの後を継いでミュンヘン・バッハ合唱団・管弦楽団の芸術監督を務めていた人で、そのリハーサルからはドイツ音楽の本当の伝統、ドイツ語から生まれる音楽というものを学びました。ほかにもマックス・ポンマーさんや川瀬賢太郎さんなど、いろいろな指揮者のリハーサルを見学して、学ぶものがとても多かったです。そういう意味で、神奈川フィルは僕を育ててくれたオーケストラですね」
長年聴いてきた坂入から見る、神奈川フィルの魅力とはどのようなところにあるのだろう?
「技術の向上という面では、神奈川フィルに限らず、近年の日本のオーケストラは凄まじいものがありますから言わずもがなですが、そのなかでも神奈川フィルは地域性を持ち続けているところに共感をおぼえます。たとえばドイツに行くと、ミュンヘンとベルリンとでは地域のカラーが全然違って、地域ごとのオーケストラの特徴も違いますよね。それと同じで、東京と神奈川はじつはまったく違います。神奈川フィルは高い技術を持ちながら、ローカルならではの良さもある、そこを両立しているところが大きな魅力ではないでしょうか」
「この日は僕にとって、きっと忘れられない一日になると思います」と坂入が語る「フレッシュ・コンサート For Future」。イベールの『モーツァルトのオマージュ』からはじまるプログラムにも、坂入らしいセンスが光る。
「福田さんからサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番をご提案いただいたとき、モーツァルトの『ジュピター』と合わせるなら、イベールの『モーツァルトのオマージュ』しかないと思いました。この曲はモーツァルトらしいフレーズでオマージュしつつも、作品としては完全にイベールのオリジナルなので、同じフランスのサン=サーンスともよく合います。それでいてモーツァルトと同じ楽器編成でできるので、モーツァルトとフレンチ・プログラムをつなげるにはもってこいの曲なんです」
サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番は、坂入も大好きな作品だという。
「フランス音楽というと、ベルリオーズが革新的に、世界的にフランス音楽というものを打ち出したイメージが強いですが、サン=サーンスはシンプルに、ピュアに、フランス音楽を良い形でアウトプットした作曲家なのではと思います。それが見事に結実したのが、ヴァイオリン協奏曲第3番。色彩豊かで美しいだけでなく、ドイツ音楽から学んだ厳格な構築感があるところもサン=サーンスらしいですね」
そして、モーツァルトの「ジュピター」は坂入にとって特別な作品。神奈川県立音楽堂という空間で演奏できるのも格別な経験だと語る。
「神奈川県立音楽堂は古典の作品を演奏するにはぴったりの素晴らしいホールだと、シュナイトさんをはじめ、皆さんが口を揃えておっしゃるのを聞いていました。とはいえ客席で聴くと、少し響きが少ないかなと以前は感じていたんです。けれど、自分が演奏家になって考えるようになったのは、“残響=音響”ではないということ。パンッと音が鳴った瞬間の美しさにおいて、神奈川県立音楽堂は素晴らしいものがあります。残響ではなく、音響が良い、数少ないホールだと思います」
坂入はこれまで、川崎室内管弦楽団やオーケストラ・リベルタの門出となる最初の演奏会で「ジュピター」を演奏してきたほか、東京ユヴェントス・フィルではじめて演奏したモーツァルト作品も「ジュピター」だった。そして今回、この作品でまた新たな扉を開くことになる。
「モーツァルトもシューベルトもそうですが、作曲家が最晩年に近づくにつれ、赤ちゃんのときに聴いた民謡や子守唄のような、シンプルで優しい音楽に戻っていくんですよね。この世への恨みや、死への恐怖から解放された儚い世界観というのでしょうか、そういうものは大切にしたいと思っています。
『ジュピター』では実際に繰り返しをするのかはまだ分かりませんが、第4楽章はいくら繰り返しても“ああ、まだ終わってほしくない!”と思うような演奏が、僕にとっての理想です。そういう体験を、お客さんと一緒にできたらいいなと」
坂入だけでなく、聴衆にとっても特別なコンサートとなるに違いない。
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第17回 フレッシュ・コンサート For Future
2023.1/9(月・祝)14:00 神奈川県立音楽堂
●出演
坂入健司郎(指揮)
福田麻子(ヴァイオリン)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
●曲目
イベール:モーツァルトのオマージュ
サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調 op.61
モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」
●料金
一般¥3,000 ユース(25歳以下)¥1,500
問:神奈川フィル・チケットサービス045-226-5107