2022秋 高坂はる香の欧州ピアノコンクールめぐり旅日記 7
ロン=ティボー国際音楽コンクールピアノ部門、6名のピアニストが協奏曲を演奏したファイナルが終了し、結果が発表されました。
第1位 亀井聖矢/KAMEI Masaya(日本・20歳) 🇯🇵 第1位 LEE Hyuk(韓国・22歳)🇰🇷 第3位 DAVIDMAN Michael(アメリカ・25歳)🇺🇸 第4位 重森光太郎/SHIGEMORI Kotaro(日本・22歳)🇯🇵 第5位 NOH Hee Seong(韓国・24歳)🇰🇷 第6位 GUO Yiming(中国・20歳)🇨🇳 プレス賞・聴衆賞 亀井聖矢/KAMEI Masaya オーケストラ・ミュージシャン賞 DAVIDMAN Michael
第1位には、日本の亀井聖矢さんと韓国のイ・ヒョクさんが同位入賞! もう一人の日本のファイナリスト、重森光太郎さんは第4位となりました。
結果発表セレモニーは、全ての演奏が終わって3時間ほどのちの20時半過ぎから、ファイナルと同じシャトレ座で行われました。コンテスタントが最前列に集められ、客席には聴衆がいっぱいに集まっています。というのも、このセレモニー、コンサートつきということで売り出されていたようです。直前に「結果発表の前に特別賞の受賞者の演奏があるよ」と聞かされて、「前に!?」と驚き、私も状況がいまいち理解できていませんでした。コンテスタント自身も、どういう展開でどんな演奏が入るのか、いまいち理解していなかった様子。
まずは、ウクライナに寄せる演奏として、ファイナルでも演奏したフランソワ・ブーランジェ指揮、ギャルド・レピュブリケーヌ管弦楽団による、フォーレ「ラシーヌ雅歌(讃歌)」が奏でられます。
そしてここからが長かった…。続けて行われたのが、ファイナリスト以外の特別賞受賞者の発表と演奏。3人のピアニストがそれぞれに演奏します。この演奏機会自体が受賞のひとつの副賞とのことで、それ自体はすばらしいことです。
続いては、3つの特別賞の発表です。プレス賞は亀井聖矢さん(実は私も今回、このプレス審査員に参加していました)。ステージ上に呼び出された亀井さん、このセレモニーを司会者の女性とともに進行していたコンクール事務局長から、「この賞を受賞したければ、(課題曲だった)『トッカータ』を弾かないといけないよ?」と詰め寄られ(!?)、選択していたラヴェルのトッカータを演奏。これは予選の課題曲なので、1週間近く前に弾いたものです。なんの問題もなく完璧に演奏して、すごい。
まさか、この調子で他の賞も…?と思っていると、続いては聴衆賞の発表、再び亀井さんの名前がアナウンスされます。「本当に素晴らしい賞の受賞、おめでとう!」と思うと同時に、「つまり再び何かを弾かないといけないのね」という考えが頭をよぎります。
いきなり演奏するよう言い渡されたのは、セミファイナルの課題規定となっていたショパンのプレリュード第16番でした。もはや、3日前なのでまだいいか…という気持ちになってきます。こちらも亀井さんはバッチリ演奏。結果発表前、緊張して衣装を着るのにも苦労していたくらいだったようなのに、さすがです。
続く特別賞「オーケストラ・ミュージシャン賞」に選ばれたのは、Davidmanさん。ここで演奏するように言い渡されたのは、ショパンのピアノ・ソナタ第2番の第1楽章です。1週間前の予選の課題、しかもいきなり弾けと言われるにしては、結構ガッツリめの曲。しかしDavidmanさん、「あんなにも何日も前に弾いた曲だったから一瞬焦ったけれど、好きな曲だからもう1回弾けてうれしかったよ」とのこと。さらにセレモニー後には振り返って、「第3位もうれしかったけど、僕にとってはこのオーケストラ・ミュージシャン賞にはすごく意味が感じられて、特にうれしかった」と話していました。
ここまでで1時間半近くの時間が経過。なかなか結果が発表されずヤキモキする時間がある結果発表セレモニーというのは、これまでにも何度か見たことがありましたが、今回はレベルが違いすぎました。これまで見たことのない長さと展開です!
結果を大緊張して待つピアニストたちの気持ち、さらには全ての演奏を終えて一度安心したところにいきなり弾かないといけないという状況、しかも全世界に配信中だと思うと、これがこのコンクールの最後の試練なのか!?と思わずにいられません。
そしていよいよ、ファイナリストの順位の発表。第6位から順に読み上げられていきます。
第3位まで発表されたところで、事務局長が「では次に1位を…」と口走り、「2位を飛ばすの?先に1位を発表するの?」とみんなざわつきます。司会者の女性も少々戸惑っている様子。しかしものすごく勘の良い方は想像できたのでしょうか。実際、結果的には第1位がお二人、亀井さんとイ・ヒョクさんということになりました。それぞれに魅力的な異なる個性ということで、それぞれを評価する審査員の意見でふたつに分かれたそうです。でもお互いにもう一方の才能も認めていたことから、このような結果になったとのこと。
ここから優勝者は、ファイナルで弾いた協奏曲の一部を演奏するということで、亀井さんは、サン=サーンスのピアノ協奏曲をさらに演奏。素晴らしい演奏を披露したファイナルのバックステージでも、「やりきることができた」ととても嬉しそうでしたが、結果発表セレモニーの後は、「人生で最高くらい嬉しい」とさらに嬉しそうに話していました。
イ・ヒョクさんもとにかく嬉しそうでした。2018年浜松コンクールの入賞者で、日本のピアノファンからもとても親しまれている存在である彼。12月にはすぐに来日し、浜松で、同じコンクールの優勝者だったジャン・チャクムルさんと2台ピアノの演奏をする予定があるとのこと。日本で応援してくれたみなさんにもメッセージをくれました。
ヒョクさんも、ファイナルで演奏したプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番をもう一度演奏しました。優勝とわかった瞬間は「信じられなかった!」とのこと。「大好きな協奏曲なので、弾けたことがとにかくうれしくて一度やりきった!と思ったから、結果は気にしていなかった。でも結果発表でもう一度弾けて、2倍うれしかった」と、満面の笑みで語っていました。さすが、常にポジティブな人。
第4位に入賞した重森さんは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏しましたが、オーケストラと共演すること自体、今回が初めてだったそうです。「世界のコンクールでこの順位をいただけてとても嬉しいですし、この賞を機にまたもっと努力して、いろんな方々に僕の演奏を聴いて喜んでいただけたら」と話していました。
輝かしく確かな才能を持つ二人のフレッシュな優勝者が誕生し、終演後のレセプションも祝福ムードにあふれていました。ファイナルの演奏の振り返り、ファイナリストや審査員の言葉を含めたレポートは、また後編でじっくりご紹介します。
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/