ジュネーヴ国際音楽コンクール・ピアノ部門の聴きどころ

2022秋 高坂はる香の欧州ピアノコンクールめぐり旅日記1

 ジュネーヴ国際音楽コンクールは、1939年に創設された伝統あるコンクール。毎年さまざまな部門のコンクールが行われるスタイルで、ピアノ部門の過去の優勝者には、アルトゥール・ベネデッティ・ミケランジェリ(1939)、指揮者のゲオルク・ショルティ(1942)やアルゲリッチ(1957、ちなみにこのときの第2位はポリーニ)、タチアナ・シェバノワ(1976)、ネルソン・ゲルナー(1990)などがいます。
 日本人初の入賞者は、1952年に1位なしの2位となった田中希代子(ただ、この時の2位は全部で4人。ジュネーヴは、1位なしの年も多い代わりに、同位に複数がいる結果が多いです)。近年だと、2010年に日本人として初めて萩原麻未さんが優勝した時には、日本でも注目を集めましたね。また昨年、チェロ部門で上野通明さんが優勝したことも話題となりました。

 そんなジュネーヴ国際音楽コンクール、今年は作曲部門(中橋祐紀さんが第2位入賞!)とピアノ部門が開催される年。
 ピアノ部門の1次予選は9月にオンラインで行われ、40名の中から9名のセミファイナリストが決定(本来8名までの予定が、9名になったようです)。10月27日からいよいよジュネーヴでのセミファイナルがスタートします!

 会場は、ジュネーヴ音楽院のフランツ・リストホール。

ジュネーヴ音楽院 ©︎Haruka Kosaka

 セミファイナリストはこちら。

Jae Sung Bae(22歳、韓国🇰🇷)
Sergey Belyavsky(28歳、ロシア🇷🇺)
Kevin Chen(17歳、カナダ🇨🇦)
五十嵐薫子 Kaoruko Igarashi(27歳、日本🇯🇵)
進藤実優 Miyu Shindo(19歳、日本🇯🇵)
Zijian Wei(23歳、中国🇨🇳)
Yonggi Woo(27歳、韓国🇰🇷)
Adria Ye(24歳、アメリカ🇺🇸)
Vsevolod Zavidov(16歳、ロシア🇷🇺)

 日本からは、進藤実優さん、五十嵐薫子さんが出場! お二人とも今注目されている若いピアニストなので、とても楽しみ。

 セミファイナルは、3つのパートで審査されます。
 その内容…【1】リサイタル(10/27、10/28)、【2】室内楽(10/29、10/30)まではよくありますけれど、3つ目がおもしろく、【3】アーティスティック・プロジェクトの提案というもの。
 しかもその評価の割合は、リサイタル45%、室内楽35%、アーティスティック・プロジェクト20%(けっこう割合高い!)と明記してあります。

【1】SOLO RECITAL(60-75分)

選曲は自由、ただしリサイタルとしてプログラミングすること。各種言語でのプログラムノートも添えるように。審査員はプログラミングの興味深さも考慮に入れて審査する、と書いてあります!

【2】CHAMBER MUSIC / ACCOMPANIMENT(30-40分)

・ベートーヴェンのチェロ・ソナタから1曲。
・下記の指定の歌曲から1曲。
♪Moussorgski:Songs and Dances of the Death
ムソルグスキー:死の歌と踊り
♪Liszt:Tre Sonetti di Petrarca
リスト:ペトラルカのソネット
♪Wolf:3 Goethe Lieder(Ganymed, Der Rattenfänger, Prometheus)
ヴォルフ:ゲーテの詩による歌曲集
♪Debussy:Proses lyriques
ドビュッシー:叙情的散文
♪Poulenc:Tel jour telle nuit
プーランク:ある日ある夜
♪Schönberg:4 Lieder op.2
4つの歌曲 op.2
♪Zemlinsky:6 Gesänge op.13
ツェムリンスキー:6つの歌曲 op.13
♪Berg:7 frühe Lieder
ベルク:7つの初期の歌

【3】PERSONAL ARTISTIC PROJECT (PRESENTATION & DEFENSE)

 「入賞後2年間の間にやってみたいプロジェクトを提案してみてください」という課題。純粋なリサイタルプログラムでも、映像やダンスなど他のアートを取り入れたものでも可。リサイタル風のスタイルでありつつ、必ずツアーやシーズンに提案する価値のある意欲的なものでなくてはいけない、とのこと。他のアーティストがしたことのコピーではいけません。
 テキストまたは映像でプレゼンテーションを提出し、さらにジュネーヴ滞在中、ジャーナリストによるプロジェクトについてのインタビューが行われるとのこと。審査員は専門家のレポートも参考に、そのオリジナリティやおもしろさを評価するそうです。

 この3つ目の課題、こういう企画力、クリエイティヴィティやプレゼンテーション能力までをはっきり評価対象としているコンクールは、伝統あるコンクールとしては珍しいと思います。
 リサイタルについても、プログラミングのセンスが見られている面はどのコンクールでもありますが、ここまで明らかに「そこも評価の対象です」と書かれているのは珍しい。

セミファイナルの日程、演奏順はこちらです。
https://www.concoursgeneve.ch/event/piano_2022-3/all

 もちろん今回も演奏はインターネットで配信されます。日本とジュネーヴの時差は(10/30までは)7時間です。ちなみに日本勢のお二人、リサイタルの部は初日に登場します!

進藤実優
五十嵐薫子

 そしてこの9名のセミファイナリストのうち、11月3日に行われるファイナルに進むことができるのは、たった3名。指定のピアノ協奏曲から1曲を選び、ポーランドの女性指揮者、マルゼナ・ディアクン Maržena Diakun の指揮するスイス・ロマンド管弦楽団と共演します。

 コンクールのサイトには、「今の時代、才能があるだけでは国際的キャリアを築くことは難しい。聴衆と市場は、卓越した個性を求めている。さまざまなレベルで聴衆を魅了する能力があり、人をインスパイアするヴィルトゥオーゾでなければならない」という考えがあると明記されています。そのために、セミファイナルの3つ目の課題を取り入れることにしたのだそうです。
 果たして、入賞者の傾向は他の多くのコンクールと少し違ったものになるのでしょうか。その辺りにも注目してみたいと思います。

ジュネーヴ旧市街のシンボル、サン・ピエール大聖堂 ©︎Haruka Kosaka

♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/