互いの成長を自然と育んできた良き同志 〜INTERVIEW 上野通明(チェロ)& 北村朋幹(ピアノ)

 音楽は人と人を出会わせる。純粋な音楽への愛、憧れや情熱があればこそ。場や人の仲立ちもあるにせよ、それは音楽というもののもつ特別に大きな力だろう。

 若い世代の演奏家たちが多彩に活躍するなかでも、チェロの上野通明とピアノの北村朋幹のデュオは、ここ10年を通じて、互いの成長を自然と育んできた良き同志に違いない。

 目配りの利いたシリーズ「杜の響き」で、杜のホールはしもとにデュオとしても、それぞれとしても初めて登場するふたりに、この夏のリサイタルに向けて話をきいた。

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 上野通明と北村朋幹が出会ったのは2014年。当時の江副記念財団の奨学金を受けていたことから最初の出会いがもたらされ、翌年ふたりでベートーヴェンのチェロ・ソナタ第4番を弾いたのが、このデュオのはじまりだった。

上野「いっしょに音楽をつくっていく感じが、とても新鮮でした。北村くんのピアノは伴奏というのではまるでなく、最初から完全にデュオで。主張がとてもあるし、アイディアに溢れていて」

北村「彼があの曲の出だしのソロで最初に音を出したときから変わらないものがずっと彼のなかにはあって、それはいまだに『上野通明』というチェリストのたぶんいちばんの魅力だと思う。歌心というか、そこにまったく作為的なものがなくて、そのまま音楽があるかのような。いい意味で普遍的で、みんなが知ってるような美しい音楽が理想的なかたちで、自然にそこに現れるような感じがした。たぶん人前で弾くことが好きな人だし、ふだんから音楽が好きだから、日常にある音楽をそのままステージにもっていけるのだと思います」

上野「ステージにはリハーサルとはぜんぜん違う緊張感があって、ベストを尽くそうというか、フルを出そうっていうのが、自分としてはあるんですけど。なるべく冷静に、かつエモーションはいつも以上に、という感じですかね」

北村「でも、よりオープンになっている感じがする。彼といっしょに弾いていると、自分もそっちに行ける感じがすることがあって。もっと単純に音楽を楽しめばいいかなと思える」

 上野通明がジュネーヴ国際音楽コンクールで優勝してからここ数年、デュオ・リサイタルの機会も増えてきた。そのなかで、ベートーヴェンのソナタに順次取り組み、この夏に演奏する第2番で全5曲の演奏が完結する。いずれレコーディングに結実することも望みたい。

北村「上野くんからいろいろな提案もしてくれるし、リハーサルの段階で最後まで決め過ぎずに、本番での余裕を残しておくようにもなりました。というのは、彼がステージ上でどれだけのことができるかというのがいまはわかるし、可能性とかステージでの煌きかたみたいなものがすごく特別で、上野くんにしかできない光りかたをしているから」

上野「彼の言うとおりで、余白の部分が増えたのはすごく楽しい。とくにベートーヴェンを弾くのはいつもほんとうに楽しくて、その場で音楽がつくられるというか即興性が高いし。北村くんはピリオド楽器にも精通しているので、すごく軽やかだし。そういったところが好きで、ベートーヴェンはいっしょに弾くことが多く、今回も2番をプログラムに組んでいます」

北村「すごくよく覚えているのは、上野くんがジュネーヴで優勝した少し後に、たまたま僕がケルンで電車の乗り換えがあったので連絡してみて、1時間ぐらいコーヒーを飲んでいたときに、またいっしょに弾きたいね、って言ってくれた。ベートーヴェンやりたいんだよね、ってたしかそのとき、自然体で弾く彼から誘ってくれた。そのことだけでも自分のなかではちょっとしたインスピレーションになって、翌日1番のソナタから聴き直してたくらい」

 今回のプログラムは、ベートーヴェンの変奏曲 変ホ長調 WoO46と、チェロ・ソナタ第2番ト短調 op.5-2。そして、ワーグナーの楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》からヴィルヘルミが編曲した〈朝は薔薇色に輝き〉と、「ヴェーゼンドンク歌曲集」から楽劇《トリスタンとイゾルデ》のための習作とされた2曲を採り上げ、リヒャルト・シュトラウス初期のチェロ・ソナタ ヘ長調 op.6で締め括られる独特の構成をとっている。

上野「ベルギーの同門の子がシュトラウスのソナタを弾いていて、いい曲だなと思って、自分でも弾いてみたくなりました。しかも、彼が若いうちに作曲した曲だから、自分もあんまりおじいさんになる前に、共感できる部分が多いうちにやってみたいなと思って」

北村「コロナ期間中にベルリンでオペラをたくさん観る体験をしたから、ここ5年ぐらいで、ワーグナーが自分にすごく近いものとして感じられるようになった。ヴィルヘルミが編曲した歌は、たまたまカザルスが弾いているのを聴いて、その瞬間、これは上野くんに絶対弾いてほしいなと思って、すぐ連絡しました」

上野「北村くんとどんなプログラムを弾いているときもそうですけど、ピアニスティックに聴こえることは1回もない。つねに楽器というよりも音楽があって、それをなごませていっしょにして、ひとつのものをかたちづくる感覚がある。ピアニスティックに弾かれると、ある意味境があるというか、楽器も違うし、違うことを言っている人たちが、違うものを共存させてやっていくみたいな感じになりやすいんですけれど、彼との場合はやっぱり、ふたりでひとつの音楽を、ということになることが多い」

 それぞれに音楽を深めながら、デュオとしても良い関係で長く続けてほしいと思う。ところで、もしいま14歳くらいの人から「音楽家になるには、そして音楽家として続けていくには、なにがいちばん大事ですか?」と聞かれたら、ふたりはどんなふうに答えるだろう?

上野「こどものとき、チェロを弾くヨー・ヨー・マを観てかっこいいなと思って、弾きたい弾きたいって言い続けて、初めて弾いて。そのときの幸せがいまもまだ続いている感じです。それで、続けていくには、やっぱりモチベーションはなにかということをずっと考えるというか。なんで音楽をやっているのか?――それは好きだから、ということですかね」

北村「音楽家というのが人前で弾くことを指すのであれば、必要なものはいくつかありますよね。だけど、音楽を続けていくということを言っているのだとしたら、それはほんとうにもう、愛だけでいいんじゃないですか? 障害や壁があるから、より深まっていくものもあるのだろうけど。14歳というと微妙な年齢になりますが、ちっちゃい子に聞かれたら、それは音楽を愛することですよ。いちばん難しいのは、愛し続けることだと思うけれど」

取材・文:青澤隆明 写真:中村風詩人

Information

シリーズ杜の響き
vol.53 上野通明 & 北村朋幹 デュオ・リサイタル
2025.7/21(月・祝)14:00 杜のホールはしもと・ホール(完売)


出演/
チェロ:上野通明
ピアノ:北村朋幹

曲目/
ベートーヴェン:モーツァルトの歌劇《魔笛》より〈恋を知る殿方には〉の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO46
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第2番 ト短調 op.5-2
ワーグナー(ヴィルヘルミ編曲):楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》 より〈朝は薔薇色に輝き(栄冠の歌)〉
ワーグナー:《ヴェーゼンドンク歌曲集》 より 3. 温室にて 5. 夢
      (楽劇《トリスタンとイゾルデ》のための習作)
R. シュトラウス:チェロ・ソナタ ヘ長調 op.6

問:チケットMove 042-742-9999
https://hall-net.or.jp/02hashimoto/

シリーズ杜の響き 今後の公演
vol.54 クァルテット・インテグラ
2025.11/29(土)14:00 杜のホールはしもと・ホール

6/21(土)チケットMove・イープラス先行発売
6/22(日)一般発売

問:チケットMove 042-742-9999
https://move-ticket.pia.jp/