菊池幸夫(作曲) 川島素晴(作曲) 板倉康明(指揮)

国立音楽大学だから実現できるプログラムで祝すクセナキス生誕100年

 伝統的な作曲技術を身につける訓練を重ねることなく、数学を用いた全く新しい手法で生み出されたエネルギッシュ極まりない音楽により、世界中の演奏家と聴衆を魅了し続けたクセナキスが今年生誕100年を迎える。世界中の記念イベントのなかでも、川島素晴と菊池幸夫という2人の作曲家が企画し、現代音楽のスペシャリスト板倉康明が指揮するこの演奏会は唯一無二の内容だ。

左より:菊池幸夫、板倉康明、川島素晴 写真提供:国立音楽大学

川島「国際的にみても凄いことをやっていると自負できるプログラムになりました。最大のポイントは1950年代から90年代まで時系列でみていくことの大事さですね。なかには演奏機会が少ない曲もありますが、それは編成が特殊で既存のグループでは取り上げづらいからだと思います」

 50年代の「アホリプシス」はその最たるもので、特殊な組み合わせの21人編成は室内管弦楽団でもプログラミングが難しいのだが、比較的明快なブロック構造で作られた作品なのでクセナキス入門に適しており、実演が聴けるのは貴重だ。

板倉「60年代の『アナクトリア』はパリ八重奏団がシューベルトの八重奏と並べて演奏していた曲で、クセナキスもそれを知った上で書いているんです」

 アンサンブルとソリスト的な表現の面白さが両方体感できるからこそ、レパートリーとして繰り返し演奏されてきたことが伝わる作品だ。楽器の新たな可能性を引き出すのもクセナキスの魅力だが、生演奏を必要としない電子音楽にも傑作を残したことを忘れてはならない。

川島「70年代の『エルの伝説』はこの種の作品における集大成に位置づけられると思います。プラトンの(『国家論』に登場する)神話が下敷きになっているのが特徴です」

 この電子音楽だけは別の枠で会場を変えて、今井慎太郎の監修によって上演されるが、日本とアフリカの民族楽器の音と当時最新の電子音楽が融合した刺激作なのでこれも聴き逃がせない。続く80年代の「交換」はバスクラリネット協奏曲のような楽曲で、90年代の「オメガ」はクセナキス自身が自らの創作に終止符を打った最後の作品である。

板倉「“ソン・フォンデュ(スプリット・トーン)”というクラリネットの特殊奏法は、クセナキスがこういう音が欲しいと言って出来たもので、今では世界中に広まっているんです。クセナキスはこの楽器のことをよく知っています」

川島「ギリシャ文字の最後であるΩ(O-Mega)というタイトルの通り、自らの意思で筆を折るという覚悟と切実さが感じられます。遍歴を追ってきた上で聴くと、何らかの感慨深さが生まれると思うんです」

 他にはクセナキスと比較すると実に面白い、ギリシャ人作曲家ロゴテティスの図形楽譜作品(現代音楽演奏実習履修生が演奏)やこの演奏会を支えてきたピアニスト井上郷子との思い出をオマージュしたような川島素晴の新作ピアノ協奏曲「y=100x」といった、これまた興味をそそる曲目が並ぶ。なぜ、ここまで攻めた企画を続けられるのか?

板倉「こういうプログラムはリハの時間が限られているプロの団体では絶対に出来ません!」

菊池「学生の指導には板倉先生の他、井上先生が授業として楽曲を理解するところから1年がかりであたり、学生側も能動的に参加しながらそこに優秀な卒業生や教員も加わって、大学が一丸で取り組んでいるんです。演奏だけでなく作曲やコンピュータ音楽の専修も存在する“くにたち”だから特化できる内容だと自負しています」

 20~21世紀を代表する作品=「聴き伝わるもの」と、現代を生きる我々の同時代人である教員による新作=「聴き伝えるもの」を、広く一般の方々へ紹介する目的で企画されたこのシリーズ。
 川島らしいユニークな選曲と、板倉らが長い時間をかけて本気で指導することで実現される細部までこだわり抜いた演奏が合わさった、ここでしか聴けない演奏会だけに絶対に必聴だ。
取材・文:小室敬幸
(ぶらあぼ2022年10月号より)

聴き伝わるもの、聴き伝えるもの ―20世紀音楽から未来に向けて―
第17回「クセナキス生誕100年」

10/1(土)第1部 14:30 第2部 16:00 第3部 18:30 国立音楽大学6号館110スタジオ/講堂小ホール(第2部のみ)

【プログラム】
〈第1部:電子音楽作品「エルの伝説」全曲上演1〉
I.クセナキス:エルの伝説
〈第2部:クセナキス+〉
A.ロゴテティス:オデュッセイア
川島素晴:y=100x(2022年度国立音楽大学委嘱作品【世界初演】)
I.クセナキス:アホリプシス、アナクトリア、交換、オメガ
〈第3部:電子音楽作品「エルの伝説」全曲上演2〉
I.クセナキス:エルの伝説
※第1部と第3部は同じ公演内容です。

指揮:板倉康明
ピアノ:井上郷子
演奏:クニタチ・フィルハーモニカー 現代音楽演奏実習履修生 他

問 国立音楽大学演奏芸術センター042-535-9535
https://www.kunitachi.ac.jp/event/concert/