音楽堂ヘリテージ・コンサート
スティーヴン・イッサーリス チェロ・リサイタル

イッサーリスのルーツを辿る、最高のチェロ・ソナタ演奏

文:山田真一

 芸術シーズン到来の秋、9月17日に神奈川県立音楽堂で、現代最高のチェリストの一人、スティーヴン・イッサーリスによるチェロ・リサイタルが行われる。演奏プログラムは、ショスタコーヴィチの「チェロ・ソナタ 二短調」、プロコフィエフの「チェロ・ソナタ ハ長調」、ラフマニノフの「チェロ・ソナタ ト短調」といずれも20世紀に活躍した作曲家の近代チェロ・レパートリー。そして、作曲家の出身地からわかるように、「ロシア」が隠れたテーマだ。
 今年2月以来のウクライナ侵攻から、「ロシア」と聞いて身構える人もいるかもしれない。しかし、このテーマは以前からイッサーリスが取り上げているもので、世界各地で、そして日本でも昨年コロナ禍がなければ神奈川県立音楽堂で室内楽プロジェクトとして行われるものだった。

(c)Jean Baptiste Millot

祖父ゆかりの作品たち

(c)青柳聡

 ロシアは芸術家イッサーリスの起源を探る重要なテーマ。というのも彼の祖父ユリウス・イッセルリス(イッサーリス)は、ラフマニノフ、スクリャービン、メトネル等を育てたモスクワ音楽院長ワシリー・サフォーノフの門下生で、伝説の巨匠ピアニストなのだ。ちなみにサフォーノフはチャイコフスキー等とも交流があった人物で、スティーヴン・イッサーリスの祖父はそうしたロシア音楽の伝統を受け継いだ人物である。
 祖父は作曲家としても作品を残している。ピアノ作品が中心だが、「チェロとピアノのためのバラード イ短調」も残しており、孫のスティーヴンにより録音され、今回のリサイタルでも披露される。

 今回のリサイタルではもう1曲、祖父ユリウスゆかりの曲が登場する。ラフマニノフの「チェロ・ソナタ ト短調」だ。この作品を作曲者から献呈されたアナトーリー・ブランドゥコフとユリウスはしばしば共演する間柄で、ラフマニノフのこの作品も演奏していたという。
「祖父との共演の際に、ブランドゥコフは強弱の変化を現在の楽譜とは違うかたちで演奏した箇所がある、と祖母が教えてくれました。それはラフマニノフ自身の変更だったということです」
 そのため今回のリサイタルで、スティーヴンはその指示に従った演奏をする予定だ。どう異なるのか、チェロ音楽ファンならば出版譜と較べながら聴いてみるのも良いだろう。

 ユリウスはまたラフマニノフ自身とも交流があり、チャイコフスキーの弟子でピアニスト、作曲家のタネーエフの門下生なのだという。それだけにラフマニノフ作品そのものへの様々なエピソードも伝え知っているので、今回の演奏解釈は興味深いものになるだろう。
 「祖父は、ロシア革命によって成立したソビエト連邦の文化大使の一人として、1922年に外国へ送り出されました」
 それがイッサーリス家がロシアを離れた理由だという。なぜならユリウスは帰国することなく、ヨーロッパに留まって演奏活動を続けたからだ。そのため、「私が生まれたのはレーニンのおかげ(笑)」とも話す。

プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ…20世紀の名作を堪能する

(c)青柳聡

 祖父と同じくタネーエフ門下で、ソビエト連邦成立後、一足早くロシアを後にしたのがプロコフィエフだ。その後、彼が再びソ連に帰国したのは知られる通り。プロコフィエフのチェロ・ソナタop.119は1949年完成の作品。前年に有名なジダーノフ批判(前衛芸術批判)の対象となり彼の作品は演奏されなくなって困窮していた。だが、若きロストロポーヴィチの演奏を聴き、彼のためにこの作品を作曲。初演はもちろんロストロポーヴィチのチェロで、ピアノはリヒテルだった。作品経緯からして前衛さは影を潜め、ロシアらしさが表に出ている。
 ショスタコーヴィチのソナタは、プロコフィエフ作品よりも前の1934年の作品だが、「政治的問題が起きる前の作品で響きがモダンです」とイッサーリスは語る。この作品の前後には、ピアノ協奏曲第1番やジャズ組曲第1番、交響曲第4番といった著名作品が並んでおり、ショスタコーヴィチが思うがままに当時の西ヨーロッパ諸国と同様の最先端の書法を駆使していた時期だ。

 イッサーリスは、現代作曲家のトーマス・アデスの作品を初演したり、「ジョージ・ベンジャミンやイェルク・ヴィトマン等も高く評価している」というだけに、今回のプログラムの中で最もモダンなこの作品も古典のように弾いてしまうかも知れない。「20世紀はチェロ作品の宝庫の時代」とも語っており、イッサーリスの腕前を存分に堪能できるだろう。
 筆者がこうした作品についてイッサーリスと話をしてから2年近く経つ。それだけコロナ禍が長いという証でもあるが、行動制限が解除された今だからこそ、絶対に聴いてみたいコンサートだ。
 共演のピアノは、世界中で共演している気心の知れたコニー・シーで、今回も息の合ったデュオが聴けるだろう。
 また関連企画として、8月25日には、ロシア・東欧音楽の第一人者である伊東信宏氏が、音源や映像を用いてイッサーリスのバックグラウンドを辿る「街なかトークカフェ イッサーリスからたどる『ロシア音楽』」が開催される。また、リサイタルの前日(9/16)には、ショスタコーヴィチ作品を題材とした「スティーヴン・イッサーリス 公開マスタークラス&曲目解題コンサート」も行われる。チェリストなら腕が鳴るこの作品にどうやってアプローチすべきかを知る良い機会になるだろう。併せて聴いてみたい。

コニー・シー

音楽堂ヘリテージ・コンサート
スティーヴン・イッサーリス チェロ・リサイタル

2022.9/17(土)15:00 神奈川県立音楽堂

●出演
スティーヴン・イッサーリス(チェロ)
コニー・シー(ピアノ)
●曲目
ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ 二短調 op.40
プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調 op.119
ユリウス・イッセルリス(イッサーリス):チェロとピアノのためのバラード イ短調
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 op.19
●料金
S席¥6,000 A席¥5,500 
シルバー(65歳以上・枚数限定)S席¥5,500【予定枚数終了】
U24(24歳以下・枚数限定)¥3,000
高校生以下¥0(枚数限定/要事前予約)
車椅子席(枚数限定)S席¥6,000(付添席1名無料)
*音楽堂ヘリテージ・コンサート2022-2023 セット券あり

問:チケットかながわ0570-015-415


音楽堂ヘリテージ・コンサート関連企画 街なかトークカフェ
イッサーリスからたどる「ロシア音楽」

8/25(木)14:00 神奈川県立音楽堂・ホワイエ

講師:伊東信宏(大阪大学大学院教授)
●料金
¥2,000(WEB予約の上当日現金支払い)
*9/17本公演チケット持参で割引あり

問:神奈川県立音楽堂045-263-2567


スティーヴン・イッサーリス
公開マスタークラス&曲目解題コンサート

9/16(金)18:30 横浜市神奈川区民文化センター かなっくホール

【公開マスタークラス】
講師:スティーヴン・イッサーリス
受講生:北村陽(チェロ)、笹沼樹(チェロ)〈ピアノ 倉田莉奈〉
【曲目解題コンサート】
●出演
スティーヴン・イッサーリス(チェロ)
コニー・シー(ピアノ)
司会:長谷部一郎(東京都交響楽団 チェリスト)
●テーマ
ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調 op.40
●料金
一般¥3,000 高校生以下¥1,000

問:かなっくホールチケットデスク045-440-1219
https://kanack-hall.info/