ピティナ・ピアノコンペティション特級 セミファイナリスト7人の横顔

 2022年度、第46回ピティナ・ピアノコンペティション特級はいよいよ大詰めを迎え、8月14日のセミファイナル(第一生命ホール)と17日のファイナル(サントリーホール)を残すのみとなった。セミファイナルは、45~55分のソロリサイタルで、ピアニストの個性が最も表れるステージ。ファイナルは、飯森範親指揮の東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団との共演で協奏曲を演奏する。コンクールの模様は、いずれも会場やYouTubeでのライブ配信で楽しむことができる。
 二次予選、三次予選を勝ち抜き、出揃った7人のセミファイナリストは、いずれ劣らぬ個性豊かなピアニストたち。コンクールを運営する全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)育英・広報室長の加藤哲礼(あきのり)さんに、今大会の彼らのここまでの活躍ぶりやキャリアについて紹介してもらった。

左:神宮司悠翔 右:森永冬香

 最年少は神宮司悠翔(じんぐうじ・ゆうと)、17歳。東京藝術大学音楽学部附属高校に通う高校2年生。ジュニア教育の名匠、神奈川の日比谷友妃子氏のもとに学び、現在は高校で東誠三氏の指導も受けている。日比谷・東の両氏の門下といえば、2020年ピティナ特級グランプリの尾城杏奈や、同第4位でその年の日本音楽コンクールで優勝した山縣美季ら、活躍目覚ましい若手ピアニストを多く輩出しているゴールデンルートである。17歳ながら高い技能を持ち、テクニカルな作品を鮮やかに弾きこなす一方、ドビュッシーで多層的な音響を作り出すなど、技巧だけに留まらない多彩な魅力を持つ俊英だ。
 その神宮司の「姉弟子」に当たるのが、セミファイナルで最後に登場する森永冬香(もりなが・ふゆか)。こちらは東京芸大3年生、同じく日比谷・東の両氏の薫陶を受けている。衒いのない真っ直ぐな表現と張りのある力強い音が美点で、一歩一歩確実に学びを重ね、特級では昨年に続く挑戦でセミファイナルまで到達した。同門の2人は、ファイナルでチャイコフスキーの協奏曲第1番を共に選択しており、ピアノ伴奏でそれを披露した三次予選も、それぞれに持ち味の出た、聴きごたえのある「聴き比べ」となった。ピティナYouTubeでアーカイブを公開しているので、是非ご覧いただきたい。

左:吉原佳奈 右:藤澤亜里紗

 セミファイナル最初に出演し、記念すべき委嘱新曲作品の「初演」も担うのは、昭和音楽大学4年の吉原佳奈(よしはら・かな)。幼少よりピティナ・ピアノコンペティションに参加し、何度も上位を経験してきた彼女は、近年も、特級の前段階にあたるG級(22歳以下)で銀賞、Pre特級(年齢制限なし)で金賞と、着実な成長を遂げている。誠実かつ緻密に練り上げられた音楽の運びと伸びのある音にますます磨きをかけ、満を持しての特級セミファイナル進出となる。数々の素晴らしいピアニストを育てあげた江口文子教授のもと昭和音楽大学に学び、素晴らしい先輩たちから大きな刺激を受けているという。
 セミ2人目には、今年、試みに設置された「過去のセミファイナリストは1次予選免除」の枠で参加の藤澤亜里紗(ふじさわ・ありさ)。東京音楽大学及び同大学院を優秀な成績で卒業し、特級には8年連続の参加となる、すっかりお馴染みの実力派である。彼女のプログラムは非常にユニークで、長年愛好してきたフランス音楽とそれにまつわる作品で全ラウンドの大半の曲をまとめている。ファイナルの協奏曲は毎年、常にラヴェル。ソロのプログラムにもラヴェルやドビュッシーを散りばめ、アクセントにもラモーやプーランクというこだわりぶり。これはこれで強い個性だ。印象に残る名演をいくつも残してきた藤澤だが、ファイナルは未経験。今年こその悲願叶うか、注目である。

左:北村明日人 右:鶴原壮一郎

 3人目に先述の神宮司を挟んだところで昼の休憩。午後の部は、北村明日人(きたむら・あすと)からスタートする。東京芸大附属高校卒業後にスイスのチューリッヒ芸術大学に留学し、大学院まで修了した後、東京芸大の大学院に戻ってきて恩師・伊藤恵のもとでさらなる研鑽を積んでいる。藤澤亜里紗がフランス作品へのこだわりを持つとしたら、北村はドイツ音楽への傾倒が著しい。一部の課題を除いてすべての作品をドイツ・オーストリア由来の作曲家で固め、あらゆる角度からドイツ音楽の魅力を表現する。恵まれた体躯から豊かでふくよかな音を出し、綿密に意志を張り巡らせながら、音楽の作りは極めて自然なところに落ち着かせる。ファイナルのベートーヴェン第4協奏曲まで、一本筋の通った選曲が魅力的である。
 続く鶴原壮一郎(つるはら・そういちろう)は、東京芸大のピアノ科でアンサンブルの名手としても知られるピアニスト・江口玲に学ぶ大学2年生。個性的なセミファイナリストの中でもひときわ強烈なパーソナリティの持ち主であり、「祈り」をテーマとした二次予選のソロプログラム、一転して躍動感が際立ち独創的なアイデアをふんだんに盛り込んだ三次予選のラヴェルの協奏曲は、どちらも強い印象を残した。谷昂登(2020特級銅賞・2021日本音楽コンクール優勝)らを育てた北九州の名教師・永野栄子やアメリカの自由で大らかな気風を知る東京芸大教授の江口のもとでのびのびと育ったことも窺われる。

今井梨緒

 セミ6人目は、桐朋学園大学大学院に籍を置く今井梨緒(いまい・りお)。美しい造形の中に、時折、驚くほど情感豊かな表現を思い切って織り交ぜてくる興味深い音楽性の持ち主で、一次予選でハイドンのソナタを(楽章抜粋でもよいところ)全楽章演奏し、二次予選ではショパンの若き日のフレッシュな変奏曲とショスタコーヴィチのソナタとを対比してみせた。シューマンに心を寄せ、ショパンはあまり得意ではないと謙遜しつつ、二次の変奏曲、三次の協奏曲第2番で、青年期のショパンのもぎ立ての瑞々しさを鮮やかに描き出した音楽性は、桐朋学園の名教授・岡本美智子のもと今まさに花開こうとしている。セミではいよいよ本命のシューマンを取り上げる。ここまでに見せていない魅力をまだまだ隠し持っていそうだ。

 ベートーヴェンのテンペスト、シューマンの交響的練習曲、ショパンのソナタ第2番、ラヴェルの夜のガスパールと、ピアノ音楽史の名曲を2人ずつが選び、聴き比べを楽しむことができるのも今年の大きな魅力となっている。7人7様、ひと夏をかけて若きピアニストたちが描く音楽の物語は、今年も会場とライブ配信とで楽しむことができる。ぜひ温かい声援を送っていただきたい。

加藤哲礼(ピティナ育英・広報室長)


◯セミファイナル(7名)
2022.8/14(日)午前の部10:30/午後の部14:45 第一生命ホール
問:チケットぴあ イープラス 午前の部/午後の部

演奏番号・氏名出演予定時刻(目安)
1.吉原 佳奈10:30
2.藤澤 亜里紗11:25頃
3.神宮司 悠翔12:40頃
4.北村 明日人14:50頃
5.鶴原 壮一郎15:40頃
6.今井 梨緒17:00頃
7.森永 冬香17:55頃

◯ファイナル(4名)
8/17(水)16:30 サントリーホール大ホール

問:サントリーホールチケットセンター(ファイナルのみ) 0570-55-0017
  チケットぴあ イープラス