二宮和子クラリネット・リサイタル

半世紀続く伝説の公演、集大成のプーランクとモーツァルト

取材・文:池上輝彦

 日本を代表するクラリネット奏者で日本クラリネット協会常任理事も務める重鎮、二宮和子が9月14日、「第33回二宮和子クラリネット・リサイタル」を東京文化会館小ホールで開く。1971年の第1回以来、1年半に1回のペースで半世紀以上続く同シリーズは伝説の域にある。マルティヌーやラドミローらの作品を本邦初演するなどレパートリー拡大の貢献は大きい。今回は集大成としてプーランクやモーツァルトの名曲を豪華メンバーと共演する。

 第33回ではクラリネットの演奏史を俯瞰する重要な定番4作品を曲目に据える。古典派時代のルフェーヴル「ソナタ第7番ト短調」から始まり、ゴーベール「幻想曲」、プーランク「クラリネット・ソナタ」と続き、モーツァルトの「クラリネット五重奏曲」で締めくくる。ピアノは二宮と共演を重ねてきた藤井一興、ヴァイオリンはNHK交響楽団で長年活躍した徳永二男と若手の小林美樹、ヴィオラは川本嘉子、チェロは岩崎洸という最高級の顔ぶれ。期待が高まる。

フランス近現代の知られざる名曲を紹介

「リサイタルを始めた51年前、クラリネットのレパートリーは限られていました。日本で演奏されるのはモーツァルト、ブラームス、シューマンの曲くらいでした。でも大傑作でなくても、いい作品はたくさんあります。それを紹介していきたいと思いました。演奏会のプログラムを作ることにも興味があり、紹介する曲で皆さんに楽しんでもらうことを願って続けてきましたら、いつしか33回目になりました」

 二宮は桐朋学園大学を卒業後、渡仏。世界最高峰といわれたクラリネット奏者ジャック・ランスロ教授に師事し、63年に仏国立ルーアン音楽院を首席で卒業した。留学当時、新古典主義を代表するフランス6人組の作曲家たちの中でもプーランクやタイユフェールらは健在だったが、日本では作品が知られていなかった。日本でクラシックといえばドイツ三大B(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)が中心で、「独高仏低」という時代だったのだ。

 そこで二宮は第1回公演からフランスのミヨーやルーセル、チェコ出身でパリでも活躍したマルティヌーの作品をプログラムに入れた。以後もイベール、オネゲル、ダンディ、ラドミロー、メシアンらフランス近現代の音楽を積極的に紹介してきた。ほかにもドイツのヒンデミットの「二重奏曲」を本邦初演し、日本の現代作曲家への委嘱作品も演奏した。本邦初演や委嘱作品の初演は計28曲に及ぶ。

「マルティヌーの『ソナティナ』などはたまたま初演になりまして、皆さんが興味を持ってくださいました。コンクールの課題曲にもなって広まったことはうれしく思います」

 今回は初演こそないが、「私にとって、まとめのリサイタルと考えています」。重要なレパートリーでプログラムを組み立てた。「まずはフランスの古典から1960年代のプーランクまでの作品を演奏します。プーランクは私の留学時、新しい作風で知られていましたが、『クラリネット・ソナタ』を作曲した翌63年に亡くなりました。技術的に難しい曲ですが、今の若い人たちはできますね。でもこの曲の持つ歌い方の良さについて私なりに感じるところがありますので、また別のアプローチで聴いていただけると思います」

ソロ活動が広げた室内楽のレパートリー

 さらにはモーツァルトの「クラリネット五重奏曲」を取り上げる理由として「これらフランス近現代の作品のベースにあるのがモーツァルトだから」と話す。二宮が基本に据えるのはウィーン古典派のモーツァルトなのだ。クラリネットは比較的新しい木管楽器で、モーツァルトは交響曲でも第31番「パリ」で初めてこの楽器を取り入れた。

「モーツァルトにはクラリネットを中心にした作品が少ないです。『ピアノ、クラリネットとヴィオラのための三重奏曲(ケーゲルシュタット・トリオ)』と『クラリネット協奏曲』、『クラリネット五重奏曲』くらいしかありません。でも1曲しかない五重奏曲は最高に素晴らしく、彼の集大成と言えます」

 夫はN響首席クラリネット奏者を長年務め、2013年に亡くなった濱中浩一氏。二宮がクラリネットを始めたのは「オーケストラで演奏をしたかったから」だが、濱中氏がN響の奏者だったこともあり、「ならば私はソロでいこうと考えました」。ベートーヴェン以降の交響曲にはクラリネットを含む2管編成が定着し、オーケストラでこの楽器が活躍する場面は多い。しかしあえてソリストの道を選んだ二宮の活動は、室内楽を中心にこの楽器のレパートリーを広げる推進力になった。

 恩師の名を冠した「ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクール」の実行委員長も務める。日仏交互に2年に1回開催し、第6回は2023年8月、横須賀芸術劇場(神奈川県横須賀市)で開かれる。「日本人でまだ1位はいません。音楽の持つ意味を考え、自分の言葉で表現できる演奏家を育てたい」。自分の言葉とは何か。円熟のリサイタルがそれを来るべき音楽として聴かせてくれるだろう。

※当公演は、諸般の事情により延期となりました。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
https://creomu.com/news/index.htm

第33回 二宮和子 クラリネットリサイタル
2022.9/14(水)19:00 東京文化会館(小)


曲目
ルフェーブル:ソナタ第7番 ト短調
ゴーベール:幻想曲
プーランク:クラリネット・ソナタ 
モーツァルト クラリネット五重奏曲 K.581

出演
二宮和子(クラリネット)
藤井一興(ピアノ)
徳永二男(ヴァイオリン)
小林美樹(ヴァイオリン)
川本嘉子(ヴィオラ)
岩崎洸(チェロ)

問:クレオム info@creomu.com