クロノス・クァルテット JAPAN 2022

ボーダーレスな活躍を続ける唯一無二の弦楽四重奏団、19年ぶりの来日公演!
歴史的名作から最新プロジェクトまでを網羅する5つのプログラム

文:松山晋也(音楽評論家)

*「クロノス・クァルテット JAPAN 2022」来日公演は中止となりました(9/24追記)
  詳細は公式サイトをご確認ください

(c)Lenny Gonzalez

 2020年秋に予定されていたクロノス・クァルテットの来日公演がコロナ禍のために中止されたことは多くのファンを落胆させたが、だからこそ今秋の仕切り直し公演には一段と期待の声が高まっている。2003年以来、なんと19年ぶりとなる今回の来日公演のプログラムは、20年に予定されていたものとは会場や中身が若干違うが、多彩さを増した演目はクロノスという唯一無二の弦楽四重奏団の全貌と本質をより明瞭に我々に再確認させてくれるはずだ。

(c)Erik Kabik
スティーヴ・ライヒ

 今回の会場は5ヶ所。プログラムも1から5まで、各会場ごとに異なるセットが組まれている。初日の京都(プログラム1/ロームシアター京都)は初めての来訪地ということもあってか、オープニングでジョージ・クラム「ブラック・エンジェルズ」、エンディングでスティーヴ・ライヒ「ディファレント・トレインズ」とクロノスの代名詞とも言うべき人気曲が披露される。べトナム戦争を契機に1970年に書かれた「ブラック・エンジェルズ」は、クロノスのリーダー、デイヴィッド・ハリントンに衝撃的啓示を与え、クロノス結成に走らせたことでも有名だ。「聴いた瞬間、自分が何をなすべきかを悟った。この曲が私の人生を完全に変えてしまったんだ」とハリントンはかつて私に語ったが、反戦の意志が込められた「ブラック・エンジェルズ」を聴いてハリントンの中にひらめいた“社会の中での音楽の役割”“生きている人間のためのリアルな音楽”という大テーマはクロノス結成から現在まで微塵も揺らいでいない。もともとがクロノスからの委嘱曲である「ディファレント・トレインズ」はライヒにとっても新たな扉を開き、1989年のグラミー賞「最優秀現代音楽作品賞」を受賞した歴史的名曲だ。

Inside the album: Kronos Quartet’s Black Angels
On Steve Reich’s Different Trains

 東京オペラシティでのプログラム2は《オール・アバウト・クロノス・クァルテット》なるタイトルどおり、まさに彼らの歴史と今を俯瞰したセット。「ディファレント・トレインズ」以下、ジョン・コルトレーンやジャニス・ジョプリン/ジョージ・ガーシュウィン、ローリー・アンダーソンといったお馴染みのカバー、そして 『フィフティー・フォー・ザ・フューチャー』プロジェクトのためにベナンのアンジェリーク・キジョーやインドのアルーナ・ナラヤーン、日本の望月京(みさと)などが書いた曲までと幅広い。『フィフティー・フォー・ザ・フューチャー』は「The KRONOS Learning Repertoire」と謳われているように、「弦楽四重奏のための新曲を世界中の様々な音楽家50人に委嘱し、その楽譜や音源、作曲者のコメント、映像などを誰にでも無料で使用させる」という、クロノスが数年前から取り組んできた一大プロジェクトで、今年中には完結することになっている。

Kronos’ Fifty for the Future

 彩の国さいたま芸術劇場でのプログラム3は、吊り下げられた複数のマイクの揺れを利用したスティーヴ・ライヒ「振り子の音楽」をはじめ、クシシュトフ・ペンデレツキ「弦楽四重奏曲」やヨーコ・オノのコンセプチュアル・アート作品「トゥ・マッチ・ザ・スカイ」などバック・スクリーンの映像(楽譜や言葉)も同時に楽しめるシアトリカルなセットとなっている。さきほど触れたジョージ・クラムの名曲「ブラック・エンジェルズ」(これも、あっと驚くステージ演出が施される)も関東で聴けるのはここだけだ。これを逃す手はない。掲げられた《クロノスの圧倒的パフォーマンスを聴く、そして観る》なる謳い文句は、演劇やダンスでも有名なこの劇場ならでは。ヴィジュアライズされた刺激に満ちたパフォーマンスを楽しめるだろう。またクロノスの名をクラシック界以外にも広めた人気曲でありながら、近年はほとんど演奏される機会がなかったジミ・ヘンドリックス「紫のけむり」を今回の日本ツアーで聴けるのもこのプログラム3だけだ。

(c)Evan Neff

 神奈川県立音楽堂のプログラム4は、なんとテリー・ライリー「サン・リングズ」のみ。しかしこれは、全10楽章から成る約90分もの大曲であり、日本では今回が初演となる。NASAのボイジャー計画25周年記念コンサートを提案されたクロノスが盟友テリー・ライリーに委嘱して2002年に完成したこの大作では、クロノスの演奏と、NASAが採集した「宇宙の音」(電磁波によるドーン・コーラスなど)や映像が絡み合い、更に合唱まで加わって壮大な宇宙讃歌が繰り広げられるが、そこには、作曲時に起こったニューヨーク「9.11テロ」から喚起された人類共生の願いも込められている。2020年の公演中止に代えて、今回の公演にも参加する日本の合唱団「やえ山組」とアメリカにいるクロノスのそれぞれの実演映像を合体させた遠隔コラボ映像が制作/公開され、その素晴らしさが多くのファンを感嘆させたが、今度はついに実際の共演現場を体験できるわけだ。テリー・ライリー(御歳87!)は2年前から日本の山梨県で暮らしているが、「もしかしたら彼も会場に来てくれるかもしれないね」と先日の日本向け共同記者会見でハリントンは期待を込めて語っていた。

左:(c)WojciechWandzel
右上:デイヴィッド・ハリントン(6/29オンライン記者会見より)
右下:テリー・ライリー
Kronos Quartet: “One Earth, One People, One Love” from Terry Riley’s Sun Rings

 そして最後、盛岡市民文化ホールでのプログラム5は、プログラム2と同様の全方位的内容。プログラム2にもあるアンジェリーク・キジョーや望月京、フィリップ・グラス、セルビア出身のアレクサンドラ・ヴレバロフ、カナダのニコル・リゼーなど『フィフティ・フォー・ザ・フューチャー』のために書かれた新しい曲をはじめ、ゴスペル歌手マヘリア・ジャクソンに捧げられたアントニオ・ハスケル「主御自ら我が涙をぬぐいたまう」、そして、コンゴのリケンベ(親指ピアノ)をフィーチャーしたノイジーなサウンドがワールド・ミュージック・ファンの間で絶大な人気を博してきたコノノ No.1の「クレクレ」のカバーなんて珍しい演目があるのもうれしい。

 越境と共生を信条にあらゆる壁を乗り越えてきた闘う弦楽四重奏団。その半世紀近くの歩みを、我々は今秋見届けることになる。

“Meet Kronos Quartet,” directed by Sam Green

*「クロノス・クァルテット JAPAN 2022」来日公演は中止となりました(9/24追記)
  詳細は公式サイトをご確認ください

クロノス・クァルテット JAPAN 2022
デイヴィッド・ハリントン(芸術監督&ヴァイオリン)
ジョン・シャーバ(ヴァイオリン)
ハンク・ダット(ヴィオラ)
サニー・ヤン(チェロ)

【プログラム 1】
クロノス・クァルテット《ブラック・エンジェルズ》&《ディファレント・トレインズ》
2022.9/24(土)18:00 ロームシアター京都 サウスホール
問:ロームシアター京都チケットカウンター075-746-3201

【プログラム 2】
クロノス・クァルテット plays ライヒ《ディファレント・トレインズ》&《トリプル・クァルテット》
〜オール・アバウト・クロノス・クァルテット〜

9/28(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:チケットスペース03-3234-9999

【プログラム 3】
クロノス・クァルテット《ブラック・エンジェルズ》
9/30(金)19:30 彩の国さいたま芸術劇場  大ホール
問:SAFチケットセンター0570-064-939

【プログラム 4】
音楽堂ヘリテージ・コンサート
クロノス・クァルテット/テリー・ライリー:《サン・リングズ》日本初演

10/1(土)17:00 神奈川県立音楽堂
問:チケットかながわ0570-015-415

【プログラム 5】
クロノス・クァルテット plays ライヒ《ディファレント・トレインズ》
10/2(日)17:00 盛岡市民文化ホール(小)
問:盛岡市民文化ホール 019-621-5100
7/28(木)発売