ヴェルディ最高傑作の奥深い魅力を引き出す指揮と演出の最強タッグ
《ファルスタッフ》はおもしろい。作曲したのはイタリア・オペラ最大の作曲家ジュゼッペ・ヴェルディで、彼は生涯成長を続けるタイプの作曲家だった。そんなヴェルディが50年を超える作曲家人生の集大成として、本人の言葉を借りれば「楽しんで書いた」のだから、おもしろくないわけがない。
そんなオペラが「びわ湖ホール オペラへの招待」シリーズで上演される。オペラを観る人の裾野を広げるために、2007年3月に始まったこのシリーズは、上演前に演出家によるツボを押さえた解説もあって、オペラ好きはもちろん、オペラが初めてでも十分に楽しめるように工夫されている。そこに“真打”のひとつが登場である。
じつは《ファルスタッフ》は、けっこう斬新なスタイルで書かれている。悲劇で名声を勝ちとったヴェルディが半世紀ぶりに書いた喜劇だ。しかし、それだけではない。同じ幕の間は、音楽がひとつの曲のように切れ目なくつながっている。そして、音楽は旋律も和声もリズムも、台本の言葉に寄り添ってとめどなく変化する。まるで言葉が音楽という生命を得たかのように書かれているのだ。
ヴェルディより29歳年下の作曲家で詩人、アッリーゴ・ボーイトの台本は、その構成から言葉の選び方まで洗練をきわめていて、いつも台本にダメ出しを重ねたヴェルディが、少しも変更を求めなかった。そんなすぐれた台本を得て、ヴェルディは円熟の筆で、言葉のイメージそのもののような音楽を書くことができた。
ただし、朗々と歌い上げるようなタイプのオペラにくらべて、演奏するのが難しいことは間違いない。だからこそ、この「びわ湖ホール オペラへの招待」で取り上げられることに価値がある。
《ファルスタッフ》では、すでに述べたように言葉が大切だ。その点で、演出を担当する田口道子ほど頼もしい存在はいない。ネイティブ並みにイタリア語を操り、発音やアクセントも正確無比な田口。言葉と音楽と演技が一体化するように総合的に指導できる腕前で、彼女を上回る人材はいない。青山貴(ファルスタッフ)や中島郁子(クイックリー夫人)という日本を代表する歌手はもちろんのこと、びわ湖ホール声楽アンサンブルに所属する歌手たちのポテンシャルも、最大限に引き出されるだろう。
そして、2021年にこのシリーズでプッチーニ《つばめ》を成功させた、指揮者の園田隆一郎の存在も重要だ。イタリアで学び、イタリアで認められた園田には、イタリア・オペラのエッセンスが体に染みついている。言葉に対する鋭敏な感覚も備わっているから、田口とのタッグで《ファルスタッフ》の魅力が全開になるに違いない。
イタリア語がわからないと魅力を味わえないのではないか、と心配をする人もいるかもしれない。だが、言葉のリズムや響きが本物なら、音楽の力と相まって心に響く。意味は字幕を読めばいいのだから。だいいち、この公演はどの日も、上演前に田口による解説があるから、理解が深まって、なおさら心に響くはずである。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2022年7月号より)
2022.7/15(金)、7/16(土)、7/17(日)、7/18(月・祝)各日14:00
びわ湖ホール 中ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
https://www.biwako-hall.or.jp/