佐渡裕芸術監督プロデュースオペラの現場に突撃! 稽古場レポート Vol.2

佐渡裕・兵庫県立芸術文化センター芸術監督プロデュースオペラの17作目となる新制作、プッチーニ 歌劇《ラ・ボエーム》(指揮:佐渡裕、演出:ダンテ・フェレッティ)が、いよいよ7月15日に開幕。去る6月16日に行われた、東京でのインタビューと稽古場取材の模様を、2回にわたってお届けします。
(2022.6/16 東京都内スタジオ)

取材・文:岸純信(オペラ研究家) 撮影:寺司正彦

欧州の歌劇場で活躍する日本人キャストにインタビュー!

 佐渡裕芸術監督へのインタビューに続いて、《ラ・ボエーム》の稽古場を見学がてら、二人の日本人歌手にインタビューをさせていただくことに。どちらも、西欧オペラ界の第一線で活躍する名手である。

 まずは、画家マルチェッロ役のバリトン、髙田智宏。ドイツ北部のキール歌劇場の専属歌手として長らく活躍し、宮廷歌手の称号も授与された歌い手であり、現在は南ドイツのバーデン州立歌劇場の専属として忙しい。

髙田智宏

「マルチェッロは若い頃からたびたび演じてきましたが、若者の役ではあるものの、いざ舞台に立つと、音楽の重さに声が引きずられかねないんですね。それこそ、初めてこの役を歌ったときの自分も、楽譜と格闘した思い出があるんです。なので、いい意味で音の流れに逆らうといいますか、綺麗なメロディに乗せて、マルチェッロの言葉をどれぐらい軽やかに、歌声で伝えられるかという点を、常に考えてきました。その結果、今の僕は、このパートについては、歌うというよりも朗読といいますか、演劇に近い感じで取り組もうと思うようになりました。プッチーニの音楽も『話したがゆえに出てきたメロディ』という感じで書かれているので、それを邪魔せずに、自分としては、語っているような気持ちで歌声にしようと思っています」

 続いては、哲学者コッリーネ役の平野和(やすし)。彼は、ウィーンの名門歌劇場フォルクスオーパーの専属として長らく舞台に立ち続けるバスバリトン。重厚な声音を要する作品から柔らかい響きが主体となる役柄まで様々に歌い分け、客席からも高く評価されている。

平野和

「コッリーネは、一つのことをシンプルに言葉にするのではなく、ちょっと小難しい感じで表現する男です。さすが哲学者だと思いますが、一口に言えば、面倒くさい奴ですよ(笑)。でも、彼なりの人生への想いがあり、若い女性と一緒になりたいという希望も持っています。今回はコッリーネのそういった人間性を、作り過ぎずに表現したいです。歌う言葉遣いは難しくても、そこから彼の感情がダイレクトに出てくるよう心掛けたいです」

 ちなみに、今回、この二人が口を揃えて賞賛したのが、兵庫県立芸術文化センターの「音響の素晴らしさ」である。初めてオペラを観る人にも、生の歌声、生のオーケストラの響きがストレートに伝わってくる良い舞台だと、彼らは実感を込めて語っていた。

兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール (c)飯島隆

髙田「芸文センターのステージでは、これまで何度か歌わせていただきましたが、音響の良さが本当に嬉しいんですよ。西欧の歌劇場には案外デッドな響きのところが多くて、キールでも、スイートスポットと呼ばれる響きのよい場所が、歌手たちの取り合いになっていました(笑)。でも、兵庫のステージではそんなことを気にせず、伸び伸び歌えると思います」

平野「フォルクスオーパーも本当にデッドなんですよ!(笑) だから鍛えられたとも言えますが、それだけに、兵庫県立芸術文化センターで初めて歌わせていただいたとき(2019年1月)、響きが素晴らしくって本当に嬉しかったです。客席にも様々な世代の方が集われているようで、本当に、佐渡さんが街に立って、一人ひとり連れて来てくださったようなお客さまなのだろうと思います。今回の本番も全力を尽くします」

いよいよ稽古場へ

 さて、二人が移動するのに際し、こちらもそのままリハーサルを見学。エレベーターから降りれば目の前が仮設ステージ。副指揮者(矢澤定明)と稽古ピアノ(小埜寺美樹)の二人がきびきびと演奏するなか、外来勢の歌手5人が、舞台スペースをところ狭しと動き回りつつ、軽やかに歌い進めている。

左より 奥:エウゲニオ・ディ・リエート、リッカルド・デッラ・シュッカ
手前:パオロ・イングラショッタ、ロッコ・カヴァッルッツィ、グスターボ・カスティーリョ

 そう、ここは若者たちが滞納した家賃を請求されるシーン(第1幕)。リッカルド・デッラ・シュッカ(詩人ロドルフォ)、グスターボ・カスティーリョ(画家マルチェッロ)、パオロ・イングラショッタ(音楽家ショナール)、そしてエウゲニオ・ディ・リエート(哲学者コッリーネ)の4名が、家主ベノア役のロッコ・カヴァッルッツィの前で言い訳に忙しい、コミカルな名場面なのだ。
 この時、マエストロ佐渡はまだ振らず、演出補のマリーナ・ビアンキ女史とともに全体を見渡すのみ。やがて、演出補が音楽を止めて、動きの細部を歌手に改めて確認させると、そこに加わってイタリア語で対話し、音楽面の指示も与えてから、歌を再開させると今度は自ら棒を振り、音楽のテンポと舞台上の所作のタイミングを計りつつ、リハーサルを進めていた。

左:マリーナ・ビアンキ(演出補)

 舞台裏の現場は常に忙しく、稽古の進み具合によってスケジュールは次々と変わる。この日も当初は第3幕が予定されていたが、当日の朝に第4幕に変更。しかし、実際に稽古場を訪れたら第1幕のアンサンブルになっていた。そのように、歌手にも指揮者にも、演出チームにも舞台スタッフにも臨機応変な対応が求められるのがオペラの常なのだが、このスタジオでは、マエストロの人柄もあってか、和やかな雰囲気のまま、びしびしと稽古が進んでいた。

 また、その模様を、次に練習する邦人組の歌手たちが見学しながら、「自分はどんな風に表現しよう?」と心中で案を練るさまも、それぞれの背中から透けて見えるよう。華やかな舞台に立つアーティストならではの、「密やかに熱い胸の内」を目の当たりにする思いで、こちらも静かに見つめていた。

ステージ装置のデザイン模型

【Information】
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ 2022
プッチーニ 歌劇《ラ・ボエーム》全4幕

(イタリア語上演・日本語字幕付/新制作)

2022.7/15(金)、7/16(土)、7/17(日)、7/18(月・祝)、7/20(水)、7/21(木)、7/23(土)、7/24(日)
各日14:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

演出・装置・衣裳:ダンテ・フェレッティ
指揮:佐渡裕
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団、ひょうご「ラ・ボエーム」合唱団、ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団

出演 
★=7/15、7/17、7/20、7/23 ☆=7/16、7/18、7/21、7/24
ミミ:フランチェスカ・マンツォ★ 砂川涼子☆
ロドルフォ:リッカルド・デッラ・シュッカ★ 笛田博昭☆
ムゼッタ:エヴァ・トラーチュ★ ソフィア・ムケドリシュヴィリ☆
マルチェッロ:グスターボ・カスティーリョ★ 髙田智宏☆
ショナール:パオロ・イングラショッタ★ 町英和☆
コッリーネ:エウゲニオ・ディ・リエート★ 平野和☆
べノア / アルチンドーロ:ロッコ・カヴァッルッツィ★ 片桐直樹☆
パルピニョール:清原邦仁★ 水口健次☆

問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
http://gcenter-hyogo.jp/boheme/